2020年9月号目次

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政治

アメリカの不条理

ミハイル・タラトゥタ

P.4

南北戦争時代、合衆国からの分離独立を目指して活動した南部人たちの銅像に対して抗議する黒人活動家と左翼系リベラルたちの心理はある程度理解できる。しかし、その矛先がコロンブスに向けられ、建国の父といわれるジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソン、さらには傑出した大統領であるユリシーズ・グラント、アブラハム・リンカーン、セオドア・ルーズベルトにまで向けられた時、そしてはたまた伝統的なキリスト像が白人の顔をしているという抗議まで噴出する事態にまでなった今、この問題は深く考え直さなければならないだろう。


時代の変化

統一ドイツ、NATOに加盟せず―逃したチャンス

アルトゥル・ボガチョフ、ヴィタリー・チュマコフ

P.14

2020年10月3日、ヨーロッパにおける北大西洋条約機構の指導的加盟国であるドイツは、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)の統一30周年を迎えた。最近公開された米国務省の文書から、1990年のソビエト連邦大統領ミハイル・ゴルバチョフと西側諸国のパートナーたちとのドイツ統一についての交渉のなかで、ドイツ国民と北大西洋条約の運命が決定する経緯が明らかとなった。


「神聖なる目的」を失ったドイツの対ロ政策

アレクサンドル・ラル

P.24

ソビエト連邦とワルシャワ条約が崩壊する前夜、パリ憲章が採択された。実際の計画において、それは欧州安全保障協力機構(OSCE)を基礎とした新しい「自由な」ヨーロッパを復活させるはずであった。しかし米国は、ヨーロッパの将来の枠組みをNATOとEUの制度によって構築するために全力を傾けた。その結果、西側は民主主義の教師となり、東欧は教室の机で民主主義の基本を学ぶこととなったのである。


モスクワ外交官便り

キプロスとロシア:60年の友好と協力

アンドレアス・ジノノス

P.28

今年、ロシアとキプロスの外交関係は60周年を迎える。指摘しておかなくてはいけないのは、両国の関係はそれよりもずっと古く、公式レベルにおいてだけでも、12世紀から相互関係を結んでいる。重要なのは、今日われわれを結び付けているのは強い精神的・文化的紐帯だということであり、ロシアとキプロスの両国において、その紐帯は高く評価され、大切にされているのである。


文化交流の行方

現代におけるロシアの文化政策の基本的コンセプト:その主要目的と課題

オリガ・レベジェワ

P.34

文化政策を検討するには、社会の文化活動がその国の政府が推進する政治的戦略とどのような相互関係にあるかという文脈を考えなくてはならない。もちろん、歴史を背負った社会文化的アスペクトが政治路線に大きな影響を与えていることはいうまでもない。


「ソフトパワー」の向こう側:外交政策における文化的影響と協力

ヴェチェスラフ・ストィリン

P.44

「ソフトパワー」という言葉は、「公共外交」とともに、英語圏における「発明品」であり、第一にそれは米国の研究者および外交関係者によるものである。ジョセフ・ナイによるこの言葉をより正確に訳すのであれば、「ソフトな権力」(英語の«power» は、ヴェーバー的な意味での「権力」とも訳せる)とでもいうべきであり、対象を主体の利害に沿うように動かし、しかも「働きかけを感じさせることなく」それを達成するという意味である。


今日まで続く歴史

沿ドニエストル紛争と調停の問題

ドミトリー・マリィシェフ

P.58

30年前のソビエト連邦崩壊とともに発生した沿ドニエストル紛争は、今日に至るまでその解決の糸口が見えない。その問題がどのような経緯を経てきたのか、さらにはロシアや欧州連合、NATO、米国、OSCEといった国際的プレーヤーがどのような影響をその問題に与えてきたのか、彼らの抱く将来像と解決へのアプローチを考えることは、意味のあることである。


第二次世界大戦および冷戦におけるスイス:もう一つの歴史

コンスタンチン・ヴォロノフ

P.72

スイスは小国でありながら独特の文化を持ち、その独自性は多くの面で発揮されている。その最たるものとして、第二次世界大戦にも、それに続く「冷戦」にも、スイスという国が巻き込まれなくて済んだという、国民史にとっての特異な経験をあげることができる。


ロシアと西側:隣人は選べない、もしくは判決としての地理学

アレクサンドル・フロロフ

P.84

『ロシアと西側:失敗した同盟、もしくは不可避の対立』の著者でロシア外務省外交アカデミー教授でもあるV.V.シトーリがその著書において指摘している通り、ロシアと西側との相互関係をめぐる問題は、大祖国戦争の勝利75周年を迎える今年、明らかに重要な問題となっている。なぜなら、それはヨーロッパの歴史的矛盾に向けられたものであり、戦争や同盟、陰謀、抑止、カウンターウェイトなどという行動にその具体化を見ることができるからだ。


経済

COVID-19のコロナウィルス感染の影響を克服する状況下における、ロシアとインドの貿易経済協力発展の展望

アレクサンドル・リィバス、ヴェチェスラフ・ベッソノフ

P.96

約15億という人口をかかえるインドが、十分なインフラがなく、飲料水や衛生水準にも深刻な問題をかかえながら、COVID-19の感染拡大に対処したということは、非常にユニークな経験であるといっていい。しかし、感染拡大がいまだ完全にはコントロールされていない中で、どのような施策なり、どのような客観的条件が、感染率や死亡数の低下に貢献したか、断言するのは時期尚早である。


歴史の道標

ベッサラビアのロシア化:ロマノフ家の失敗したプロジェクト(1828∼1917)

ユーリー・ブラートフ

P.104

1828年2月、皇帝ニコライ一世は、プルト・ドニエストル地方の自治的制度を廃止し、「ベッサラビア州の統治のための制度」という法案に署名した。それまでアレクサンドル一世によって地元のエリートに与えられていた「権利と自由」に代わって、ニコライ一世は、ロシア南部に新しい行政単位としてノヴォロシア・ベッサラビア総督府を設置し、ベッサラビアはこのなかで州として位置づけられることとなった。

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