2020年12月号目次

翻訳されていない記事につきましては、原文1ページあたり500円(税込)にて「オンデマンド翻訳」をうけたわまります。日本語版編集部までお問合せ下さい。


JUBILEUM

現代世界における諜報協力:挑戦と問題

セルゲイ・ナリィシキン

P.4

ロシアの対外諜報活動は100周年を迎えるが、その経験は興味深く、教訓に富んでいる。1920年12月20日に設立された全ロシア非常委員会対外部は、ロシアの対外諜報活動の歴史の始まりとなった最初の自立した機関であり、すでのその活動当初から、多くの外国の諜報機関との協力関係を築いている。


情報安全保障

ロシア・サイバー外交の新たな地平

アンドレイ・クルツキフ、ヴェロニカ・フィラトキナ

P.10

2019年12月28日、ロシア連邦大統領令によって、ロシア外務省のなかに新しい部署として、国際情報安全保障局(DMIB)が作られた。DMIBの登場はいうまでもなく、情報コミュニケーション技術の発展に伴う様々な問題の解決に、ロシアが高い関心を抱いていることを意味している。


政治

「占領に対するお金」または、なぜバルト諸国で「この音楽は永遠」なのか。

ニコライ・メジェヴィッチ

P.22

公理として認められること:中期的展望において、バルト諸国における歴史認識問題が政治的に大きく改善することは見込めない。民族的アイデンティティを形成するための支点が他にないため、民族エリートたちからの「戦闘的記憶」への需要は高く、それは現代のロシアの「敵対的イメージ」によって煽られている。


強制的な協力関係における建設的な対話

ユーリー・シャフラニク

P.36

民間外交の歴史において、「ダートマス対話」以上に意義を持つものは存在しない。60年の歴史を誇るこの露米間の非政府運動は、その活動の基盤と様式の独自性を納得させるものである。


21世紀におけるギリシャとロシアの関係

ゲオルギオス・カトルガロス

P.48

ギリシャとロシアとの固い友情の絆は、国民相互の好感情と文化・宗教的結びつきのみならず、両国関係に対する姿勢が真に一致しており、国際情勢に対する認識も共通していることによるものだ。


モスクワ外交官便り

リトアニアとロシアの関係:大使の視点

エイトヴィダス・バヤルナス

P.58

今年、私たちは100周年の節目を2つ迎えました。リトアニアとソビエトロシアとの平和条約調印と、リトアニアの在モスクワ公館の開設、いずれも1920年の出来事です。


COVID-19と世界

COVID-19時代の「脱出」作戦におけるロシア外務省救命対策センター:情報は決断の基本

アレクサンドル・ガッポエフ、マリア・ミゾノワ、ワシリー・ゾロトゥヒン

P.72

多くの国々が直面したグローバルな人道的問題のひとつに、海外からの帰国需要の高まりへの対応がある。この未曽有の事態において重要となったのが、正確な情報を定期的に入手するということだった。


コロナウイルス感染爆発の前と後での世界経済

マリオ・バリダッサリ

P.82

現在の危機後の世界経済の再生と復興のための基本的方法は、グローバリゼーションのプロセスを世界的に管理することにある。連邦制ヨーロッパは重要な役割を果たし、効果的なプレーヤーとなるだろう。


経済

EUの「ブルーエコノミー」の体系的側面

マリーナ・コレスニコワ

P.94

ロシアの海洋経済にとって、体系的なアプローチを採用することが、より現実的な課題になっている。ロシアは長い海岸線を有し、海洋活動の分野もさまざまであることを考えれば、重要性は増すばかりである。


アメリカと中国の間のヨーロッパ

セルゲイ・トルシ

P.102

中国と米国の対立はますます既定のものとなり、歴史的に引き返せない性格を帯びてきた。それは経済的、地政学的、軍事的、技術的、人道的な関係のみならず、両国の文明の次元にも関わる問題だ。


ロスネフチが国際投資家を惹きつける

P.114

「ヴォストーク・オイル」は、ロスネフチにとって、最も強力な推進力の一つだ。今年11月16日、ヴォストーク・オイルLLCの資本金の10%を、Trafigura PTE LTDへ売却することが承認された。


歴史の道標

最北のブドウ畑 バシキールの田舎にたたずむ謎に包まれたコミンテルン諜報学校

セルゲイ・ブリリョフ

P.118

戦時中クシナレンコヴォに設けられ、いままで断片的にしか知られていなかった、コミンテルン軍事政治・諜報破壊学校という教育機関についてまとめてみよう。


政治の駆け引きと考古学の価値ある遺物

ミハイル・コナロフスキー

P.134

1979年12月末、アフガニスタンへソ連軍が投入されてから、40年以上が経過した。アフガニスタン人民民主党がソビエト型社会主義の建設というユートピアの夢を実現するため、ソ連軍がに駐留した10年間は両国の歴史にとって困難かつ矛盾に満ちたものだった。

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