セルゲイ・ナリィシキン (翻訳:Viator)

ロシア対外諜報庁長官

国家が自らの国益を守るため、昔から「諜報外交」が用いられてきた。それは、二国間もしくは多国間で、各国の諜報機関が公式に協力しあうことである。

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現在に至るまで世界では、諸外国の諜報機関による協力の経験が蓄積されており、それも同盟国同士のものに限らず、さまざまな方向性のものが存在している。その経験が確信をもって物語るのは、パートナーのチャネルを活用することにより、多くの諜報的課題を解決することができるとともに、いわいる諜報機関の「古典的活動」を超えたような課題にも対応できるということだ。

100周年を迎えるロシアの対外諜報の経験は、興味深く、教訓に満ちている。1920年12月20日に設立された全ロシア非常委員会対外部(INO)は、ロシアの対外諜報活動の歴史(INO-KGB第1総局-SVR)の始まりとなった最初の自立した機関であり、すでのその活動当初から、多くの外国の諜報機関との協力関係を築いている。

この時期に外国の諜報機関のイニシアティブにより、「正直なパートナーシップ」についての合意がいくつか結ばれた。この事実一つをとってみても、ロシアの諜報活動が初めから、強く、「役に立つ」、信頼できるパートナーであるという評判を得ていたことが分かる。

第二次世界大戦の間、アメリカがソ米の諜報機関の協力を提案したことは、ソ連の諜報活動の権威が認められた証しであり、また共通の敵に対する勝利のためには協力が重要であることを理解していた証しでもある。1年半足らずの間(1944年~1945年前半)で、ソ連とアメリカは、パートナーチャネルを通じて、真に価値のある秘密情報を大量にやり取りした。当時の情報の価値は、その量や秘密性だけでなく、それによって救われた数万、数十万人の人命によって決まったのである。

この例の真に歴史的な意味は、両国が政治的に対立していても、死を招く危険を前にして諜報機関同士が共同行動をとることができたこと、共同計画を実現できたこと、意志と建設的アプローチを発揮したことである。米国戦略諜報局のウィリアム・ジョセフ・ドノヴァン長官は、その協力について示唆に富む評価を残している(今日のロ米関係には見る影もないが)。

ドノヴァンは、ソ連国家保安人民委員会第1総局(戦時中のソ連諜報機関の正式名称)のパーヴェル・ミハイロヴィッチ・フィーチンに次のように書いている。「両国の諜報協力の成功は、少なくとも諜報の分野においては、同盟国が共同行動において何ができるかを物語っている」。

上に挙げた例はすでに歴史の事柄に属するが、現代の諜報機関による協力の問題を考える際にも、有用であり、重要である。過去の教訓は忘れてはならない。世界で破壊的な傾向が強まり、不安定が増している今日、その教訓が不可欠なのだ。

ロシア対外諜報庁(SVR)では、平和を脅かす脅威として、諜報機関にとっての戦略的挑戦があると考えており、その挑戦にこたえる準備がある。そのためには、自らの有する分析能力と作戦能力をフルに活用し、外国のパートナーたちと連絡し合うための「インフラ」を活かさなくてはならない。

現在、SVRはCIS各国、西欧、中欧、東欧諸国、アジア太平洋および極東、ラテンアメリカ、中近東、アフリカのほぼすべての諜報機関・防諜機関との間で、さまざまなレベルの協力を実施している。各国との協力内容、形式、方法については、ロシアの外交課題の優先度、国際情勢、各国との関係をめぐる状況によってさまざまである。

ロシアと欧米諸国との間の緊張の高まりが、SVRの対外協力、特に米国、西欧諸国などとの関係に影響を及ぼしていることは認めなくてはならない。ワシントンとロンドンが、各国政府に対して、SVRと協力しないよう圧力をかけていることはよく知られている。そのような「非紳士的な行動」にもかかわらず、近年、いくつかの西欧諸国を含む、多くの国の諜報機関との協力関係が、未曽有の進展を見せている。

我々のパートナー国の多くは、アングロサクソンの同盟国からの執拗な圧力に辟易しており、客観的な立場でいることを志向している。つまり、彼らにとってSVRは、各国の諜報機関による協力プロセスにおける主要な参加者というだけではなく、多くの場合、その方向性、内容、形式を決定づけるような存在なのだ。指摘しておくべきなのは、1990年代初めから、SVRはパートナーシップの原則として、対等、互恵、内政不干渉、秘匿性を掲げており、今に至っては、その原則は普遍的なものとして、積極的に生かされている。

世界の諜報関係者の間では、国際テロリズムの脅威が地球規模であること、それが大きな破壊的潜在力を持っていることについて、すでに共通理解ができている。テロリズムのネットワークは世界のすべての地域を網羅している。テロリストたちは、コロナウイルスの感染爆発の状況下においてさえ、状況に応じて、自らの戦術を臨機応変に変えていく。そのため我々は引き続き、テロリズムを世界文明に対する主要な脅威の一つであると捉え、テロ対策は、各国による現代の諜報協力の最重要優先課題と考えている。

この意味では、2001年9月の米国での同時多発テロの後、外国の諜報機関同士の関係構築が「なし崩し的に」進んだのが良い例だ。SVRはこのような事態への準備が出来ており、国内でそれまでに蓄積したテロ対策の経験によって、各国の諜報機関による協力に実のある貢献をすることができた。

テロ対策分野および国際諜報協力の他の分野において、最も緊密かつ生産的な関係が構築できているのは、CISおよびSCOの各国との協力関係である。CIS各国の安全保障および諜報に関係する省庁のトップによる毎年の会合においても、この問題はいつでも中心テーマとなっている。このアプローチは偶然ではない。中東におけるテロ組織(イスラム国など)の軍事的敗北と、ジハードの要素が世界中に散らばったことによって、CIS諸国はハイリスクゾーンに位置しているからだ。そのため、我々としても、各国の安全保障体制を支援することが重要な使命と考えている。

地域安全保障を強化し、テロの脅威に備えるという部分では、ロシアと中国、インドの三か国の諜報機関による協力フォーマットが重要な意味を持っている。三カ国の諜報機関の長は定期的に会合を開いている。

シリアでの事件の際には、海外との諜報協力の成果が最大限に発揮されたといえる。パートナーチャネルを通じてSVRには常に最新の情報が入っており、シリアにおけるロシア航空宇宙軍の作戦を成功させるのに貢献している。このような情報のほとんどは、パートナー各国との共同作戦の実施によってほとんどリアルタイムで得られるものだ。

SVRの対テロ協力は、アラブ諸国のみならず、近東および東南アジア各国との間でも、非常に効果的に進められている。

また欧米諸国との間でも、国際政治におけるアプローチの違いにもかかわらず、対テロ協力については維持されている。

残念ながら、欧米各国、中でもアメリカの非建設的態度、さらには冒険主義的な態度によって、その成果はかなり低いものになっている。彼らは言葉の上では、テロリズムが国境を超えた問題であり、協力して対策にあたらなくてはならないことを認めているが、実際には、過激主義勢力に資金と武器を与え、政治的な保護を与え、ワシントンにとって都合の悪い政権を交代させるために、「穏健派」テロリストなるものを選び出して、利用しているのである。

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SVRの情勢判断においては、よく訓練され、経験もある戦闘員たちが世界各国に拡散を続けており、ますます多くの国々で、「眠っていた」細胞を「覚醒させ」ている。また治安機関によって発見されにくいテロの実行方法が広がっており、同時にインターネット上でも活動が活発化していることは、国際テロリズムの問題が長期的な優先課題の一つであり続けることを示しており、その解決のためには、一致協力して取り組むしか道は残されていない。

時代そのものが、新しい協力の方法を要求しているだけでなく、問題の政治化を断固として拒否し、問題解決アプローチにおけるダブルスタンダートと決別することが求められている。いまだに古いドグマにとらわれている我々のパートナー各国には、いい加減、正直かつ建設的な協力を始めるよう期待したい。

ほかの危険な問題としては、不法移民、武器および麻薬の密輸があげられる。いずれも、それ自体として危険な問題であることはいうまでもないが、さらにテロリズムと密接なつながりを持っていることで、特別重大な問題となっている。

コントロールできない難民の流れ、莫大な金額の「麻薬資金」は最近まで、イスラム国のジハーディストたちが、「全世界的イスラム帝国」の建設を現実的な目標とすることを可能にしていた。これらの問題は、その本質からして国境を超えるものであり、各国の諜報機関が協力することが必要だ。

近年、諜報協力の話題として、サイバー安全保障が取りざたされることが多くなった。世界経済フォーラムのレイティングによれば、オンラインでの不法行為は、最も深刻なグローバルリスクのトップ5に入るという。諜報機関がこの問題に大きな関心を抱くのは、この情報コミュニケーション技術が特に、主権国家への内政干渉の手段として使われることがめずらしくないからだ。さらにコロナウイルスの感染拡大を背景に、インターネット上でのテロリストの活動が活発化しており、この問題はさらに今日性を増している。

我々のパートナーたちとこの問題を議論する中で分かっているのは、国家法および国際法における法整備の欠如が、実際の協力においてネックになっているということだ。情報空間における紛争を回避するため、迅速に法整備を進めようとするロシアの努力は、インターネット上における自らの覇権を維持し、自らの「ルール」を押し付けるためにいまある技術的な強みを利用しようとする国々によって妨害されている。

SVRでは、他の多くの諜報機関と同じく、世界情勢の健全化には、中東および北アフリカをはじめとする紛争地域における政治的和平が不可欠であると考えている。「ホット・スポット」がいつでもどこでも挑戦と脅威の温床となることは広く知られている。

1990年代初め、SVRが諜報分野における国際協力へのコンセプトづくりを進めていた頃、紛争の共同調停という問題が、鍵となる問題として指摘された。その後、SVRはパートナー各国とともに、複雑で長期化している紛争の解決策を見つけることに努力を惜しんでこなかった。

プラグマティズムと冷徹な計算、問題のあらゆる点についての深い知識を持った諜報機関のプロフェッショナルを調停プロセスに参加させることで、いままで多くの成功を収めてきた。この意味で、現代世界における諜報機関同士の協力は、国家間の関係におけるますます重要な要素となっているということを、十分な根拠をもって主張することができるだろう。SVRによってつくられた、紛争解決のためのいくつかの協力フォーマットが、すでに長年にわたって機能し、良い成果を出していることは、この主張を裏書きするものだ。

我々の活動として触れておくべきなのはさらに、人質や捕虜になった同胞および他国の市民の解放について、パートナーチャネルを通じて活動していることだ。21世紀になっても、海賊や人身売買といった醜悪な犯罪が行われていることは、この分野においても諜報協力の拡大が必要であることを示している。

現代がグローバルな変化の時代と呼ばれていることは偶然ではない。現代の世界秩序は大きな危機を迎えている。古いパワーセンターが消え、新しいパワーセンターが生まれている。その中で、人類全体を脅かすようないままでにはない挑戦と脅威が生まれている。自国の安全を守るすべての諜報機関にとって、これは真に戦略的挑戦だ。

米国とその最も近しい同盟諸国が、いまの一極モデルを維持しようとしているが、諜報関係者らの間では、秘密もしくは公然と、多極化に向かうプロセスが強まっている。このプロセスは長期的なものであり、複雑で、時には矛盾したものだ。ロシア対外諜報庁(SVR)では、他に選択肢がないことを確信しており、諸外国の諜報機関との協力を含め、より安全で、より公正なる世界の実現のために、貢献していく準備がある。

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By KokusaiSeikatsu

『国際生活』はロシア連邦外務省を発起人とする、国際政治、外交、国家安全保障の問題を取り扱う月刊誌です。創刊号は1922年、『外務人民委員部週報』として出版され、1954年に『国際生活』として、月刊誌として復刊しました。今日、ロシア国内だけでなく、世界各国においても幅広い読者を獲得しています。