新型コロナウイルスパンデミック期間中の心理的影響と適応資源

ワルワーラ・モロサノヴァ 

ロシア科学アカデミー心理学研究所自己制御心理学研究室長、ロシア科学アカデミー準会員、教授、心理学博士

(翻訳:青林桂)

2020年に世界を巻き込んだパンデミックは、その規模と、国際関係を含む人間の全ての活動領域に及ぼした影響力において前例がありません。この危機的状況下で人々の生命を守る為には、医療リソースが何よりも重要です。同時に、心的資源の必要性も大変高くなってきています。新型コロナウイルスに関連した精神的問題は、愛する人々を喪った悲しみ、仕事を失くしたショック、そして将来への不安や恐怖の様な、私たちの世界における深刻な苦しみの主たる原因であると国連事務総長アントニオ・グテーレス氏は述べました。

パンデミックがもたらす心理的影響について、世界中の心理学者が研究を進めています。強制隔離中に受けるストレスが個人レベルでのパンデミックによる最も深刻な影響の一つであり、後に心的外傷後ストレス障害が発症する恐れもあります。各国の最新の研究は、不安感、強いストレス、そして様々な臨床症状(睡眠障害、PTSD、追い詰められる感覚、コントロールを失う恐怖、職を失い経済的基盤を喪失したことに関連する様々な精神的症状など)の悪化を訴える人口が増加していることを示しています。

個人間の関係性においては、対人恐怖の悪化がパンデミックの深刻な影響と言えます。ソーシャルディスタンスの確保や在宅ワーク、オンライン授業などが不可欠になったことにより恐怖心が高まるのです。39カ国で実施された調査の結果、疫病並びにその他の環境的・人的脅威に歴史上より多く晒されがちな社会ほど、個人間の交流が衰退し、自己開示や一般的信頼が弱まる傾向があることが判明しました。パンデミックとその後に続く経済危機を背景として、人同士の触れ合いや社会的結びつきの多様性は今後も衰退し続けていくでしょう。感染症の拡大が止んだ後でも、人々は社会的イベント(活動)への参加を拒むことが予測されます。

パンデミックに関連した経験は、様々な集団的変化の引き金となります。この変化は、一方では共通の危機に直面した人々の結束を高め、他方ではそうした集団を過度に保守的にさせるか、逆に危険な行為へと向けさせます。人はストレス状態にあると、批判的思考が低下する所謂「思考の麻痺」状態に陥り、集団圧力が高まることが認められています。ストレスの多い条件下では、集団内の圧力が増し、権威主義的性格が強まり、状況を単純化して別の視点で物事を見なくなりがちになるので、集団のコントロールが一層容易になります。コロナを巡る偽情報を扱った研究によると、この様な効果はワクチン接種に対するネガティブな見解や、陰謀論への支持を高めるとされています。

人々のストレスが増大すると、集団間の緊張も高まります。人類の歴史が示す様に、歴史学者に知られているあらゆる疫病は、排外主義の急増、集団間の緊張と衝突、そして敵対者の追及を伴っていました。現在でも既に、コロナ患者やその親族、治療を行った医師さえもが偏見に晒されています。

パンデミックを含む危機的状況が続く中、国家機関に対する信頼度は低下しました。先進国の回答者の過半数(56%)は、現在の資本主義の在り様は利益よりも害悪をもたらし、今後5年間の内に生活が改善することは無いだろうと考えています。加えて、調査に参加した28カ国中ロシアの信頼度は最下位、国家・メディア・企業・NGOなどの社会的機関を信頼している回答者はたったの30%のみという結果になりました。

あらゆる研究で、経済的のみならず社会心理学的な健全性の低下が指摘されています。パンデミックによるストレス環境下では、一方で冷笑主義や危険思想が高まり、他方では人々のケアを重視する指導者の人気が増えることで、保守的価値観へのシフトが生じ、権威主義的な権力候補者への支持が上昇していきます。多くの国々で高まりつつある攻撃性と抗議的機運は、隔離政策の解除段階では様々な理由で大規模暴動に繋がり、また政府が隔離政策を強化すれば人々の不満を生じさせます。

「コロナウイルス・インフォデミック」、即ちソーシャルメディア上でのフェイクニュースやパニック状態の急増が発生しています。一部の研究者曰く、これは感染症そのものよりも素早く広がっているとのことです。不安を煽るニュースは、例えそれが明らかに信憑性の低いものだったとしても、ポジティブで信頼性の高い情報よりも数倍の速さで、しかもより広範に拡散します。

コロナパンデミックの特徴は、仕事・余暇・食事・スポーツなど生活の全領域がこれまでに無い勢いで不確実になる点にあります。パンデミックは各人の人生設計を狂わせましたが、前提条件と生存見通しの不確実性が新たな立て直しを阻んでいます。状況の不確実性は、健康への懸念や、病気・治療・予防法・受診機会・犠牲者に関する膨大な情報の矛盾によって益々深刻化しています。

人はそれぞれ、強制的なライフスタイルの変化、時間をかけて検討し計画してきた事柄の実現不可能性、今後の見通しの不透明性、そして目先の人生だけでなく、近い将来や恐らくもっと先の未来の人生をも新たに立て直す必要性などと、程度の差はあれ向き合わなければなりません。

パンデミックとロックダウンという危機的状況の中で、デジタル技術を活用したリモート化が余儀なくされました。それは、国際関係を含む人間の営みの全領域における個人的な交流の場を劇的に変化させ、実質的に狭めてしまいました。

ここで、パンデミック環境での新しい生活様式を可能とする重要かつ基本的な心的資源について考えてみましょう。

ロックダウン環境に適応する上で、社会支援が非常に重要な要素であることがわかりました。孤独感と社会的孤立の経験は、ソーシャルサポートの模索と受容を促しました。これはパンデミックのポジティブな影響の一つと言えるでしょう。健康状態が低下していたり自覚症状があったりすると、孤独感は増大する可能性がありますので、一人暮らしで慢性病を患っている人々はパンデミックの状況下で格別なリスクに晒されているということになります。イスラエル人の同僚によると、個人の苦しみに耐える能力は、精神的健全性と同様に重要な心的資源であることが明らかになったとのことです。これらの要素は、特にロックダウンが解除された時に、危機感と不安症状を低減することが示されています。

様々なタイプの楽観主義も心的資源として機能します。特に、大勢の学生サンプルを対象とした研究では、保護的否認(いわゆる「バラ色眼鏡」現象)から成る防衛的楽観主義と、現在の状況に対する柔軟な視点を備えつつパンデミック克服を試みる努力が人間にとって重要であるとする建設的楽観主義が検討されました。すると、建設的楽観主義の特徴は女性により多く見られる一方で、男性には防衛的楽観主義と破滅的コーピング(勧告の拒絶)の傾向が見られました。これに加え、建設的楽観主義は心理的健全性にとって重要なプラス要素であることが明らかになりました。 

パンデミック中の不確実な環境下で適応する為に重要な資源とは、人が自身の行動目標を有意義に設定し、それを達成する為の数々の条件を考慮し、適切な行動を選択し、そして自身の行動結果を管理するといった意識的自己制御能力であることが私たちの実証実験データから導かれます。同様に、不確定で矛盾した情報が溢れる条件下で自立的に責任を持って意思決定を行うことも重要です。意識的自己制御は、生活を自発的に秩序立て、高い不確実性を伴う環境で生じる否定的感情を克服する為に有効な資源なのです。

以前私たちは、危険職種に関する調査報告書の中で、意識的自己制御は本質的にメタ資源であるということを理論的に実証しました。生活状況の不確実性と長期的なストレス負荷に特徴付けられた、困難で異常な環境での目標達成に向けた行動の成功、信頼性、生産性、そして最終結果は、意識的自己制御の有無と発達に左右されるというものです。パンデミック中に研究を進める中で、私たちはこれと類似した結果を得ました。

強制隔離及び自主隔離措置が実施されていた2020年4月の終わりから6月の始めにかけて、ロシア科学アカデミー心理学研究所の自己制御心理学研究室の同僚が、3件の実証試験をオンライン形式で実施しました。この実験は、人間の新たな生活様式の自己組織化に貢献し、パンデミック初期における否定的感情の発達を阻止する心的資源を研究する目的で進められました。最も大規模な研究(ロシアの69地域に住む18歳から60歳までの1634名が参加)は、全ロシア科学プロジェクト「おうちで研究しましょう!」の一環として「Testograf」というプラットフォーム上で実施されました。これらの研究結果はまだ公開されていませんが、次の点を指摘することができます。

隔離措置は、主として自主隔離を指しますが、新たな環境における生活の自己組織化の変更を人々に要求しました。自主隔離中の自己組織化は、隔離措置の不可避性、特に自主隔離ルールの遵守意識に紐づいた、生活様式の理性的変化を特徴としていると私たちは考えます。パンデミック中の自己組織化の構造は、自己組織化の成功、生活の自己組織化の難しさ、不確実性を受容することの難しさという3つの要素を含んでいることを見出しました。

異なる年齢層における自己組織化効果が表れる頻度を高・中・低の3水準に分類し分析した結果、自己組織化の総合指数が低いとされる回答者の割合は、若年層(18%)の方が中年層と高齢層(各々12%)よりも高いと言えます。

また、意識的自己制御の総合力が高い人々は、自己隔離状況における新生活の自己組織化にベストな形で対応できるということがわかりました。自己制御能力の発達は、自己隔離という新しく異様な環境下での自己組織化の高い有効性につながる普遍的で重要な資源です。

同時に、自己隔離に関する様々な困難を克服する為の特殊な制御資源が存在します。具体的には、強いストレス環境における有意水準のモデル化能力並びに安定した自己制御能力の発達です。表立った強い不安と鬱症状を伴う不確実な状況の中で、これらのリソースは新たな生活上の問題を上手く克服し、不確実性に起因する不安の増幅を抑えます。

不安・情緒的消耗・無力感などのネガティブな状態は、生活の自己組織化と不確実性の受容を益々困難にします。反対に、オプティミズムは意識的自己制御に大きく貢献し、間接的な作用として、生活の良好な自己組織化へ前向きに影響し、新たな外的・内的問題の解決を促します。

様々な年齢層における自己組織化並びに自己制御の特質分析の結果、リモート学習環境におかれている若年層(大多数が学生)は、高齢層と比較して自身の行動の自己組織化をより難しく感じていると結論付けられます。若年層は、意識的自己制御の低い値が特徴です。しかし、この年齢層の意識的自己制御能力の発達こそが、新たな生活様式の自己組織化の総合指数を左右することになると考えられます。学生は学習活動を自己制御する為に自身の資源に大きく頼らねばならないため、デジタル教育を受ける若者にとって自己制御は決定的な成功要因です。私たちのデータはこうした考え方を裏付け、深化させています。

中高年層については、研究結果が示すように、若者と比較してより良く形成された意識的自己制御システムによって、一般的に職業活動だけでなく家庭や家族へのコミットメントが求められているにも拘わらず、自身の活動を更に生産的に体系付けることが可能となっています。

当然ながら、心理学者はパンデミックにおける人々の心的資源をもっと研究していく必要があります。しかし、現時点で既に言えるのは、非常に不確実な環境下での人々の生活の質は、心的資源の発達に大きく依存しているという点です。それは、私たち一人ひとりが自身の生活と他者の健康に対する責任を持ちながら、どの程度まで柔軟になり、パンデミックという新たな環境において非現実的となった過去の計画を変更し、危機的状況に応じた目標・課題設定ができるのかにかかっています。また、忍耐力・自制心・信頼性を発揮しながら、目標達成に向けて効果的に対応していくことも必要です。

私たちの見立てでは、ネガティブな感情状態に対処する際、その状態ではなく行動制御のストラテジーを選択することが重要であると考えます。日常生活の課題解決におけるメタ資源としての、総合的な意識的自己制御能力を養うことが必要です。この為の最も良い方法は、新たなタイプの教育、仕事あるいはスポーツ活動を習得し、複雑で特殊性の高い課題を解決し、日常性の枠を超えた様々な経験を受け入れることです。

心的資源は、パンデミック中の不確実な状況に対処するのに役立つばかりでなく、ストレスが免疫力を低めるのと同じくらい免疫力を高める効果も持っているのです。

ホームへ

ロシアの専門家らによる国際情勢の解説!無料のメルマガはこちら