バルト諸国の立場と、歴史的ナラティブ格上げの努力を紹介したからには、ロシアの反応を精査することもまた必要である。モスクワは、バルト諸国の政策は、ナチスとその共犯者を英雄に仕立て上げ、第二次世界大戦の歴史を捏造している、と強調する公式の声明を発表しており、また、ロシアにおいて、歴史的事実の歪曲を禁じる法律が可決されている。こうして、ロシアでは、第二次世界大戦中のソ連とナチスドイツの活動を公式に同一視することを禁止する「1941年から1945年の大祖国戦争時のソ連人民の勝利の不朽化について」という法律に修正を加える準備が進められているのである。このようにして、ロシアは、大祖国戦争勝利に関する歴史的ナラティブの格上げを行っている。これは、バルト諸国の「ソ連の占領」に関するナラティブと正面からぶつかるものであるが、しかしながら、「ホロコーストに対する責任」に関するヨーロッパ共通のコンセンサスとは矛盾していない。

結論

統治体制の権利確認と社会の団結を目的とした、バルト諸国によって展開されている歴史政策は、西ヨーロッパで形成された文化・歴史的コンセンサスと相反する方向に進んでいる。もし、ユダヤ人に対するジェノサイドをめぐるヨーロッパ人の責任というテーマが大きな役割を果たした「ホロコーストの罪」に関するコンセンサスが、20世紀末までEUで支配的であったのなら、「ソ連の占領」に関するナラティブの格上げを行うポスト共産主義的東ヨーロッパ諸国の出現とともに、そのコンセンサスは徐々に崩れ始め、自らの国民が受けた苦しみと、実存主義的脅威のモチーフに集束した東ヨーロッパ的モデルが優勢を占めることになっただろう。この時点から、「ソ連の占領」に関するナラティブは、バルト諸国やポーランドだけでなく、EU全体のレベルで審議されるようになったのである。

バルト諸国は、EUにおける「ソ連の占領」に関するナラティブのロビー活動で、中心的な役割を果たしている。エストニア、ラトビアおよびリトアニア政府は、共産主義を非難し、それをナチズムと同一視する決議の採択で、常に旗振り役を担っている。バルト諸国の政策は、当面の問題であるこのテーマを支持しており、したがって、反ソ連的(反ロシア的)雄弁術は、内政においても外交上においても、エストニア、ラトビアおよびリトアニアの典型的な特質なのである。

モロトフ=リッベントロップ協定の締結は、バルト諸国とポーランドが独立を失う流れの第一歩になり、また、第二次世界大戦開戦の前触れとなったことから、これらの国の歴史的神話において中心的な役割を果たしている。ロシアはこういった歴史解釈に異を唱えており、軍事衝突を引き起こすきっかけとなったミュンヘン協定の役割を強調している。モスクワでは、独ソ不可侵条約は、1930年代にヨーロッパ諸国とドイツ第三帝国との間で結ばれた、第二次世界大戦開戦においては決定的な意義を持たない多くの合意のうちの一つであると見なされている。

さまざまな歴史的ナラティブの対立は、理念の衝突と、ロシアとEUの関係悪化につながるものである。そのため、「記憶の戦争」は、モスクワとブリュッセルとの建設的対話の調整を妨げる、ロシアとEUの関係の要の一つになったと断言することができる。

By KokusaiSeikatsu

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