アレックス・イノゼムツェフ

(翻訳:福田知代)

前書きに代えて

 外国に駐在している外交官は、もちろん、大使館内の日々のルーティンに忙殺されている。けれども、その中でも重要な任務は、駐在している国について調査することである。それも詳細に――権力機構やその作り手、政治や経済、文化など。言ってみれば、その国のすべてを調査するのだ。

 しかし時として、外交官よりも観光客の方が国を詳しく知って帰っていくこともある。ただし、ガイドに恵まれた場合に限るが。そして、観光客自身が、ガイドの話を自らの知識と比較考察することができるような場合には、さらに旅行を意義あるものとすることができるだろう。

 その経験を、多くの人にシェアしたがる人もいる。きっと何かの役に立つこともあろう。


第一部 ヨーロッパを一跨ぎ

ロンドン

 イギリス人は、四角四面の紳士気取りの思考に侵されている。貴族階級とは無縁の家柄の出であっても。大事なのはイメージなのだ。それがなくなってしまったときのことを考えるだけでも恐ろしい。

 観光客の団体と一番近い立場にあるのは? そう、もちろんガイドである。ロシア語を母語とする観光客には、ロシア語が話せるガイドがあてがわれる。解放性と無制約を見せつけてくる。

 「ここ(バッキンガム宮殿やウインザー城を指して)には、我々のおばあちゃん(イギリス女王を指して)が暮らしています。あちらには、彼女の末裔たちが暮らしています(ダイアナ妃の記念碑があるケンジントン宮殿を指して)。」

 もしかして、イギリス人は、長らく続く君主制にいいイメージを抱いていないのだろうか?

 「こちらはウェストミンスター寺院」と紹介し、グループの各人に入場のためのIDカードを手渡す。そして突然さっと顔つきを変え、これまでの寛容な態度を一変させた。「皆さん方は、これから英国の偉大な息子たちの墓の周りを歩くことになる! 騒いだり飛び跳ねたりすることは、断じて禁ずる!」

 これを聞いたら、グループ内にしつけの行き届いていない子どもたちがいるのかと思うだろう。しかし、ツアーに参加しているのは大人たちである。どうやらイギリス人は、ロシア人とはそういう民族なのだと信じて疑っていないようだ。たしかに、育ちの悪いロシア人はそのような振る舞いをするに違いないが。

 ここで驚いてはいけない。そのように懸念することは、我々の文化に精通している、ロシア語教育を受けたイギリス人である証なのだ。

 時として、こういったガイドを付けずに街を散策した方がよい場合もある。世界中からこっそりと集められた、大英博物館所蔵の大量の人工物、とりわけ古代ギリシアや古代メソポタミアの遺品を鼻にかけるような解説を聞かずに済む。

 ハイドパークを歩く歩く。園内のダートトラックでは、幌付き自動車に乗った婦人のベールにも、馬を乗り回す燕尾服で盛装した騎士にも、現代ではお目にかかることはできない。けれども、貯水池では、白鳥やアヒルが羽を休め、イギリス式の几帳面さで手入れされた花壇や色鮮やかな藪が、当時と変わらぬ姿で芝生を彩っている。

 眼福とはこのことである。

 公園を一周。もう一周。公園を囲む道を渡ってみようか。

 半地下を彩る小庭の付いた、立派なアパートメントの連続。

 ……あそこにあるモニュメントは何だろう! トラファルガー広場にあるネルソン記念柱よりも、もちろんずんぐりとしているけれど、その代わりに、金メッキをした文章が添えられた、白い大理石のモニュメント。近くまで行って見なくては……

 ああ、どうしてママはぼくを学校の英語科に入れたのだろう! 辞書なしで読める。「このモニュメントは、クリミア戦争での我々の偉大な勝利に敬意を表して建立された。」

 なんと無遠慮きわまる誇大広告であろうか! イギリス側の騎兵団が仕掛けた、バラクラヴァでの恥ずべき奇襲の中で、ロシアの砲弾に倒れた大量のイギリス士族の存在を、同国人の記憶から消し去ろうとしてのことなのだろうか? それどころか、かの有名なヤルタ会談のプログラムの中で、ロシアに対してどっちつかずの態度を示していたW.チャーチルに対し、この戦いで命を落とした彼の先祖であるマールバラ公の墓への墓参を、スターリンが人道的な理由で許可したことさえも?

 ついでに言えば、カムチャッカを訪問してみるべきである。ペトロパブロフスク‐カムチャツキーには、クリミア戦争の中で半島に侵攻してきたイギリス人を駆逐したことを記念するモニュメントが二つも存在する。イギリス人とは、ヨーロッパで起こる戦争のどさくさに紛れて、少し離れたところから海賊行為を働いたり、略奪をしたりするのが大好きな民族なのだ。

 ロシアのモニュメントも、イギリスのものに負けてはいない。確かにそれは金ではないが、その地中には、海洋の覇者からの戦利品である大砲が埋められている。

 記憶が信念を生み出すのである。

By KokusaiSeikatsu

『国際生活』はロシア連邦外務省を発起人とする、国際政治、外交、国家安全保障の問題を取り扱う月刊誌です。創刊号は1922年、『外務人民委員部週報』として出版され、1954年に『国際生活』として、月刊誌として復刊しました。今日、ロシア国内だけでなく、世界各国においても幅広い読者を獲得しています。