ヴィシェグラードグループ ヨーロッパに残されたウクライナの希望

アルチョム・ボブロフ (翻訳:Viator)

ロシア外務省ロストフ・ナ・ドヌー代表部三等書記官、社会学博士

2021年、チェコスロバキア連邦共和国、ポーランド共和国、ハンガリー共和国[1]との間でヴィシェグラードグループ創設に関する協力宣言が調印されてから30年が経つ。ヴィシェグラードグループはその間、山あり谷ありで、参加国それぞれの政治的立場も離れたり、近づいたり、大きな変化を経験してきた。創設30年を迎えるにあたって、2004年5月1日にそのすべての参加国が欧州連合に加盟するなど、ヴィシェグラードグループは欧州政治における意義を失っておらず、逆にブリュッセルがそれを政治的に無視できないという一定の成功を収めているといえよう。

ここで、過去数十年に起こった重要な出来事を振り返り、地域協力の文脈におけるヴィシェグラードグループの活動の成果を見極めることは意味のあることだ。いわんや、ウクライナ国内での紛争が続いており、それに伴う困難、矛盾、問題が存在している現状においては。

しかし、参加国が果たしてきた活動の実際的な側面を詳細に検討し、「東方圏構想」の課題と目的を整理する前に、まずはV4(専門家の間ではヴィシェグラードグループのことをそう呼ぶ)設立の理由となった出来事について触れておこう。

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東ヨーロッパの「中央化」

ソビエト連邦とワルシャワ条約機構の崩壊が現実味を帯びる以前から、ハンガリー、ポーランド、チェコスロバキアの東欧諸国は、対等なパートナーとしての欧州統合への障壁を取り除き、経済相互援助同盟の崩壊後に訪れるであろう地域経済協力の空白状態を埋めるために、V4のような非公式の統合をすでに構想する余地があった。

ヴィシェグラードグループ創設に関する宣言は、確かに象徴的なものに過ぎない一面もあったが、参加各国の新しい外交指針を示すものであった。

 -国家の独立と民主主義、自由を完全に回復すること。

 -独裁体制における社会的、経済的、精神的遺産を払しょくすること。

 -議会制民主主義と現代的法治国家を建設し、人権と自由を尊重すること。

 -現代的な市場主義自由経済を作り出すこと。

 -ヨーロッパの政治的および経済的体制に完全に参加し、同様に安全保障および立法体制にも完全に参加すること。[2]

以上指摘されるように、中央ヨーロッパが「共産主義の重荷」から解放された後、将来のための新しい責任を負おうとしたことは、決して偶然ではない。

1990年代の初頭にはすでに、西欧をはじめとする研究者の間では、ヴィシェグラードの「G4」がある地域について、一つの文化領域的空間とみなす動きがあり、その背景には東欧と西欧の結びつきの回復という使命感もあった。

例えば、M・ホーナーの指摘によれば、1980年代において、「鉄のカーテン」の両側で中央ヨーロッパに関する議論が再浮上したことは、地域を分断していたソ連と米国の覇権を克服するという可能性によるものだという。[3]

その際、東欧諸国の波乱にとんだ運命と、自国の民族意識の高揚についても指摘しなくてはならない。「大国」からの外的脅威という特有の地政学的感覚と、「勢力均衡」が崩れたときの危惧すべき影響は、避けられない運命であった。[4]

現在の中央ヨーロッパの多くの部分がかつてのオーストリア=ハンガリー帝国領であり、指導的国家は存在しないと域外の専門家らが指摘していることは、特に重要な点だ。おそらく、ハンガリーとポーランドは、そのような見解に合意することはないだろう。両国ともに、地域における指導的立場を目指している。一方で、ヴィシェグラードグループへの統合の背景には、かつての共産主義からの移行という共通の経験があることも理解している。

また「ヴィシェグラード連合」の特徴は、いかなる組織や管理機構も有さない地域統合という点だ。唯一、常設の機関としてあるのは、地域協力のために資金を提供する国際ヴィシェグラード基金のみである。インターネットの公式サイトの情報によれば、V4各国からの負担金で賄われる助成金や奨学金に、毎年800万ユーロが拠出されている。

そのことに見られるように、当初、宣言で決められたような実際的施策と具体的課題に基づいた協力といった考えは、今となってはかなり抽象的なものとなり、強制力のないものへと変化している。

ヴィシェグラードグループの最初の段階(1991年~2004年)における明確な成功事例としては、1992年に創設された中央ヨーロッパ自由貿易協定(CEFTA)がある。ヴィシェグラードグループは、EU加盟より以前に、統一関税圏をつくることに成功している。[5]

その結果、明確な経済的成功と東欧統合施策の数々の成功は、2014年までにヴィシェグラードグループを欧州第7番目、世界でも第15番目の経済圏へと押し上げ、530万平方キロメートルの面積と6430万人の人口を有するまでになった。[6]ただし、移民危機の克服後、地域の客観的経済指標がどうなるかはこれからの課題だといえよう。

ヴィシェグラードグループの制度化

EUの経済システムへの統合により、ヴィシェグラードグループは、他のヨーロッパ各国よりも高い経済成長を見せることとなった。その原因は第一に、西欧諸国と隣接しながらも、中欧内での地域内貿易が増加したことによる。

ヴィシェグラードグループの社会経済モデルの特徴は、各国の経済成長が多国籍企業(TNC)に多くを負っていることだ。その結果、V4諸国においては、一方で外国の多国籍企業が支配する大手企業による経済活動と、他方生産性の低い国内企業という、二重経済が生まれている。[7]

しかし、ヴィシェグラードグループが今後も域内経済統合を強化することにおいて指導的役割を果たし続けるならば、他の東欧諸国による経済発展のための中心となり、制度的な核を形成することができるだろう。

約30年の間に、ヴィシェグラードグループは、さまざまな変化を経験してきた。グループはより「西欧的」になることも、「東欧的」になることもなく、EU内で独自の地域となった。その背景にあるのは、共通の歴史的過去と、ソビエトの圧政(とヴィシェグラード各国の多くの政治家と専門家が呼ぶもの)の結果を克服し、経済的に自立したいという共通の思いだ。

次の成長モデルへと移行するためには、価値観の転換が不可欠だと思われる。よって、まったく新しい評価基準が必要となり、V4各国経済のイノベーション性とデジタルトランスフォーメーションをより正確に考慮しなくてはならない。

2018年4月19日の「経済協力の将来について」と題するヴィシェグラード各国経済担当相による共同宣言では、デジタルトランスフォーメーションが、EUとV4各国のさらなる競争力向上のための前提条件の一つであることが強調された。欧州産業デジタル化委員会(DEI)の提案および2017年3月のV4首脳による「ワルシャワ宣言」に基づき、ヴィシェグラードグループは経済の産業セクターにおけるデジタルトランスフォーメーションで協力を強化するとしている。

また、EUとして現在進めている議論を踏まえて[9]、将来に向けたEUの長期的産業戦略についてのV4共通の立場(非公式文書)を策定しようという動きもある。

以上に挙げたようなことは、ヴィシェグラードグループが、地域経済の変化のなかで、EUの共通ルールと基準を守りながらも、主に自力で進んでいこうという志向を持ち、自立性を高めていることの証左といえる。

注意すべきなのは、「欧州連合としての利害」とヴィシェグラード諸国の地域的利害というものにズレが生じつつあるという傾向だ。つまり、グループの政治的見解が、古典的リベラル価値とは逆の方向に向かおうとしていることは、ブリュッセルを動揺させている。

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リベラリズムの原則は、社会主義システム崩壊の基礎を作ったものの、イデオロギー的にバラバラな空間をまとめ上げるものではなかった。ヴィシェグラード諸国は、ゆるぎないイデオロギーに基づいた一党体制を破壊し、複数政党のシステムへと移行したが、そのことによって、自らの国益をよりよく理解し、EUの政治機構に対しても自国の主張をはっきりと示すようになった。

二つの政治制度の対立は、歴史的に見れば非常に短い期間であった。しかし、ヴィシェグラード諸国は長年、社会主義の考えに支配されてきた(ポーランドは最もましだろう)のであり、すぐにそこから離れることができないばかりか、EUの多元的政治主義を唯一のものだとも考えてはいない。つまり、既存の保守勢力の声が大きくなるほど、欧州全体のルールとは対立する中欧としての一致した立場が生まれてくるのだ。

ヴィシェグラードグループへのオーストリア加盟問題が定期的に取りざたされることについてもここで触れておこう。オーストリア自由党(FPO)の党首だったハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェは、ヴィシェグラードグループへの加盟をよく口にしていたが、2019年5月のスキャンダルによって、その声は封じられた。現党首のノルベルト・ホーファーも、加盟を支持しており、ミロシュ・ゼマン大統領との会談では、中欧諸国がEU内での発言力を強めるためには、「連合の中の連合」[10]を作る必要があると述べた。しかし、ゼマンの同意は得られていない。

ゲアハルト・マンゴットが、ヴィシェグラード諸国のなかでオーストリアの加盟が議論される背景として、共通の歴史を背負った緊密な経済関係があると指摘したことは、根拠のないことではない。その最も顕著な例は銀行セクターであり、オーストリアの銀行は東欧に支店を開設し、さらにそこから、旧ソ連地域へと進出している。

一方で、中欧諸国の関係が複雑なものであることも忘れてはならない。特に、民族的な緊張を克服するには時間が必要だ。ヴィシェグラード諸国の指導層は、オーストリア資本の必要性を認識しており、政治的見解は共有している。

ところで、1990年代の経済改革および政治改革の必要性やその結果について、V4各国においての評価がまちまちであることは興味深い。もちろん、全体としては80%以上の回答者が、なにがしかの変化を求めていることには変わりがないものの、改革を支持した人が最も多かったのはチェコ、最も少なかったのはハンガリーだった[12]。

経済的にも政治的にも、欧州連合の周縁にとどまるつもりのないヴィシェグラードグループは、欧州連合の改革にも積極的だ。ここで有効なのは、かつてダニレフスキーも指摘している、文化現象の一時的局地化に関する法則だ。つまり、大きな集合体において、危機的な時期にはその中心となる核が周縁部に移動し、そこで新しいアイディアを吸収し、再び中心に戻るという法則である。[13]

この仮説は、2020年10月14日の、ラヴロフ外相とロシア主要メディアとのインタビューにおいてもキーワードとなっている。ラヴロフ外相はインタビューの中で、欧州連合は、過去に存在したすべての帝国の例に漏れず、自身が拡大すればするほど、多くの問題に直面している、と指摘した。EU内には、ヴィシェグラードグループをはじめ、官僚機構への不満を真剣に表明し始めた国々が存在する。官僚機構はそもそも自己増殖の傾向を有しており、その影響力の拡大は、EU加盟各国の国益に合致するものではない。[14]

ウクライナ国内の危機がいまだに収まらず、CIS各国ではまだまだ革命的な機運が続いているという状況のなか、ヴィシェグラード各国が欧州統合への舵を切るしかなかったことは理解するにしても、次はEUの機構自体が変革を余儀なくされる時期が近付いているように思われる。2013年のクロアチアの加盟によって決定的になったEUの過剰拡大は、さらにウクライナ指導部が期待するようなオブザーバー国の地位の見直しによって、EUの結びつきをついには破壊してしまう恐れがある。

ウクライナのヨーロッパ統合の透明性

ウクライナの大統領や外相による公式発言からすぐにわかることは、ウクライナはすでにEUに加盟した隣国の経験を活かして、欧州統合を進めたいと考えているということだ。

ウクライナのプリスタイコ外相は2019年、ゼレンスキー大統領とV4との会合を準備中と発表した。会合は結局開催されなかったが、もし開催されれば、近い将来、ウクライナとNATOの首脳大臣級会合が再開されることになるだろう。

プリスタイコ外相の「ハンガリー、ポーランド、ルーマニアをはじめとする友好国との関係再開を慎重かつ覚悟をもって模索したい」との発言は偶然ではない。いずれの国々とも、ウクライナは領土問題を抱えており、ウクライナ側の発言から判断すると、ウクライナは各国との二国間交渉のみならず、ヴィシェグラードグループとしての多国間交渉も実施しようという構えのようだ。

ヴィシェグラード諸国の中で、ウクライナとの紛争を最も少なく抱える国は、おそらくスロバキアだろう。ブラチスラバは、ウクライナからの労働移民が多いことに時折不満を表明しているが、それ以上問題がエスカレートすることもない。ポーランドは、自らの歴史解釈にウクライナ側が合意することを望んでいる。またチェコからは、代表団がクリミアを訪問しており、チェコからクリミアへの観光旅行が検討されているため、キエフとしてはイメージ的損害を被っている。

しかし、ブダペストほどウクライナと深刻な対立を持つ国はヴィシェグラードグループの中ではなく、ハンガリーはウクライナとEU、そしてNATOとの関係を妨害するため、国として積極的に動いている。

その原因は、ザカルパチヤに住むハンガリー人の保護問題である。ウクライナにはハンガリー人コミュニティがあり、ハンガリーは彼らがウクライナの都合で不利益を受けることがあってはならないと考えている。しかしウクライナ側は必ずしもそうとは考えておらず、ウクライナ保安当局はしばしば、ザカルパチヤのハンガリー人に対して、「ハンガリー分離主義者」として領土保全に対する犯罪捜査を実施している。

ヴィシェグラードの統合というプリズムを通して中欧の制度化をめぐる問題を見た場合、国内的な問題を抱えているウクライナとの接近に全ての国が賛成しているわけではない。ウクライナとの問題を解決するには必ずロシアの参加が予想されるが、そのロシアに対する姿勢も、グループの中で一様ではない。

原因はたくさんあり、ここでそのすべてを列挙するつもりはないが、問題は「東方パートナーシップ」の実現における立場の違いにあると思われる。そして、ウクライナ国内危機は、ヴィシェグラードグループのすべての国を巻き込んだ初めての深刻な問題であった。

ここで、欧州議会および欧州理事会に向けた欧州委員会の2008年の報告から一部を引用しておく。「過去15年間、EUから東では大きな変化があった。EUと東のパートナーらとの間での協力合意の後、再三にわたるEUの拡大によって、地理的に大きく接近したのみならず、各国で欧州の支援の下実施された改革は、各国を政治的にも経済的にもEUに近づけることとなった。パートナーたちに対するEUの責任はますます大きくなっている。彼らが直面する政治経済問題を解決し、EUとの関係を深められるよう、支援しなくてはならない。それぞれの国がEUとの将来に望むことを抑えることなく、パートナーたちとの関係を抜本的に見直す時期がきているのである」。

しかし、いつもすべてが思った通りに行くわけではない。11年後、2019年5月13日、当時の欧州理事会議長であったドナルド・トゥスクは、「東方パートナーシップ」には、成功もあれば問題もあったと指摘し、2013年11月のヴィリニュスでのサミットでヤヌコヴィッチがウクライナとEUとの連携合意を断り、のちにそれを後悔した、というようなドラマもあったと振り返った。同時に、「東方パートナーシップ」の成功例としてトゥスクは、EUと旧ソ連諸国との貿易の拡大、ビザ制限の撤廃、それら国々の市民たちのEU教育イニシアティブへの参加を挙げた。

ウクライナにおける「東方パートナーシップ」の失敗は偶然ではない。EUに同時に加盟したV4は、旧ソ連諸国との長年にわたる関係を維持しようとするロシアの地政学的思惑と衝突することとなった。そしてウクライナ危機によって、「東方パートナーシップ」実現を率先したいという思いと、グループ各国の国益を確保しなくてはいけないという必要との間のジレンマが明らかとなった。

V4のなかで、ウクライナとの協力を進めながらも、お互いに出し抜きたいという思惑が強くなったように思われる。いまは政治的利害に隠れている領土問題も、いつ表面化するか分からない。そのため、ウクライナ指導部からすれば、ヴィシェグラードグループ内でのしがらみが、各国をウクライナとの手放しの協力には進ませないだろうということは理解している。

問題は、ヴィシェグラード各国の本当の目的が何なのか、ということだ。というのも、旧ソ連諸国(特にウクライナ)とロシアの社会政治的、経済的、民族文化的関係といった単純ではない問題に正面から取り組んだことは一度もないからだ。もしかするとウクライナは、この状況を自分のために利用したいと考えるかもしれない。いまある問題を指摘して、V4を分裂させ、ハンガリーが帝国主義的な野心家であることを強調して、ハンガリーを孤立させようとするかもしれない。

プリスタイコ外相は「すでにハンガリーには何度も説明した。ザカルパチヤには、我が国の国民、ウクライナ人が住んでいる。たとえ、彼らのルーツがハンガリーであったとしてもだ。ハンガリーが、ハンガリーにルーツをもつウクライナ国民のことを心配していることは十分に理解しているが、我が国も、国民としての彼らの利益を守る立場にある。ハンガリーの皆さんの支援、協力、心配には感謝しているが、我が国の国民の利益を守るのは、我が国の法主権に属する問題だ。彼らの権利をどれほど拡大または縮小するかについて、もちろん、彼ら自身と相談し、時にはハンガリーとも調整するかもしれないが、最終的には我々の判断だ。もう何度も申し上げている通りだ」。[15]

おそらくウクライナは今後、ハンガリーに対するメッセージを、ヴィシェグラードグループを通じて伝えるかもしれない。しかし、欧州統合に加わることを執拗に主張するウクライナの立場が報われることはないだろう。なぜなら、これほど民族的に一様でなく、政治的に不安定で、経済的にも弱い国が加わることは、まずもってヴィシェグラードグループの社会経済的発展を大幅に遅らせることになるからだ。一方で、地理的および歴史的に見て、ウクライナにとってはヴィシェグラードグループこそが、欧州に通じる唯一の道なのだ。

V4の外交には、典型的な二元主義が特徴的だ。各国の国益と、EUおよびNATOの加盟国としての義務を対立するものとみる。EU内での成長材料が不足する状況において、ヴィシェグラード各国は、成長材料を東に求めるだろう。

ヴィシェグラードグループは現在、分岐点に立っており、これはコロナウイルスの克服という状況のなかで、グループに選択を迫るものとなる。  一つには、いままでのEUの統合シナリオの通り、加盟国へのファイナンスに濃淡をつけ、「それぞれの速さでの欧州」の原則に則った形で、各加盟国それぞれのレベルでの経済成長を目指すという方法。もう一つは、統合そのものは否定しないものの、EU内の分裂に乗じて自らの政治的立場を強化する方法。その際、ヴィシェグラードグループに残された切り札は、ウクライナの「教師」としての立場しかない。教師として、ドイツやフランスとの間で締結されたミンスク合意の履行をウクライナに求めていくというものだ。もしこの方法がうまくいけば、ヴィシェグラードグループは中欧におけるリーダーシップに向けて大きな一歩を踏み出すことになるだろうし、またその立場を維持するために必要となるロシアからの評価も高まることだろう。

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1Декларация о сотрудничестве Чехословацкой Федеративной Республики, Республики Польша и Венгерской Республики была подписана 15 февраля 1991 г. в Вишеграде.

2URL: http://www.visegradgroup.eu/documents/visegrad-declarations/visegrad-declaration-110412-2 (дата обращения: 09.09.2020).

3Hauner M. Germany? But where Is It Situated? Germany in Central Europe, between East and West // Perspectives, 1994. №3.

4Щербакова Ю.А. «Вышеградская четверка» в контексте Европейского сотрудничества // Европейская безопасность: события, оценки, прогнозы. 2017. №45 (61) // URL: https://cyberleninka.ru/article/n/vyshegradskaya-chetverka-v-kontekste-evropeyskogo-sotrudnichestva (дата обращения: 10.09.2020).

5Там же.

6Štiblar F. Economic legitimacy of Visegrad Group // Internal cohesion of the Visegrаd Group / Ed. J.Marušiak. Bratislava: Publishing House of the Slovak Academy of Sciences, 2013. P. 48-85.

7Габарта А. Социально-экономическая модель стран Центральной Европы // Современная Европа. №7. 2017.

8Шишелина Л.Н. Вишеградская группа: четверть века по пути реформ // Мировая экономика и международные отношения. 2017. Т. 61. №4. С. 100-104.

9URL: http://www.visegradgroup.eu/calendar/2018/joint-declaration-of-the-180423-1 (дата обращения: 06.10.2020).

10URL: https://ria.ru/20160916/1477182310.html (дата обращения: 08.10.2020).

11Герхард Манготт – профессор международных отношений в Инсбрукском университете (с 2003 г.), старший советник по постсоветским странам Австрийского института международных отношений в Вене.

12Marušiak J. Visegrad Group – an unstable periphery of the European Union? // Internal cohesion of the Visegrаd Group / Ed. J.Marušiak. Bratislava: Publishing House of the Slovak Academy of Sciences, 2013. P. 122-124.

13Отношения стран Вишеградской четверки и России в новых европейских реальностях – Relations between the Visegrad countries and Russia in the new European realities: сб. ст. участников XII Междунар. науч. конф. «Россия и Центральная Европа в новых геополитических реальностях». Москва. 30 ноября 2017 г. / Федеральное гос. бюджетное учреждение науки Ин-т Европы Российской акад. наук; [ред. Л.Н.Шишелина]. М.: ИЕ РАН, 2018. 196 с.

14URL: https://www.mid.ru/ru/press_service/video/-/asset_publisher/i6t41cq3VWP6/content/id/4381977 (дата обращения: 15.10.2020).

15URL: https://www.eurointegration.com.ua/rus/interview/2019/09/20/7100979/ (дата обращения: 01.10.2020).