医学界の活動の調整

COVID-19が発生してからWHOが最初に担った機能は、感染症研究体制を組織し、医療機関および行政機関の新たな脅威に対する備えを分析・強化することであった。1月20日には、新型感染症の流行が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態に該当するか否かという問題が非常に重要な論点となっている。例えば、エボラ出血熱は最も危険な疫病ではあるものの、発生源であるアフリカの外まで拡大することはなかった。テドロス事務局長が招集した1月22日~23日の会合では、各国から15名の独立専門家が意見を交わしたものの結論を導き出すには至らなかった。結局、この10日後に改めて議論することが合意された。

1月30日、テドロス事務局長は再度専門家会議を開き、新型感染症の流行が国際的な緊急事態か否かを検討した。当時は中国以外の国で確認された感染者は100人以下で、死者はまだ発生しておらず、しかもヒトからヒトへの感染が確認であるとされた事例は8件のみであった。それでも前回の会議とは異なり、専門家はCOVID-19の感染拡大に対し緊急事態を宣言した。この決定に基づき、中国を含む世界各国に向けた感染症対策の勧告が策定された。

2月3日までに、WHOは症例検出の確実化と、流行が深刻化した場合の対策に関する方針をまとめた「新型コロナウイルスの戦略的準備・対応計画」を準備している。数か月間で蓄積された知見を基に、各国・各地域の保健機関にとって実現性のある戦略が提示されている。公衆衛生分野の先進的な研究体制を持たない開発途上国にとって、このような方針提案は有益であった。

更にテドロス事務局長は2月の初めに、国連緊急対応チームの警戒態勢を最高レベルに引き上げるよう国連事務総長に要請した。これは、中国国外で確認された感染者数が200人未満の時のことである。注目すべきは、WHOの組織機構とメカニズムが、正確且つ適時に感染拡大リスク評価を行っていたという点である。

新型感染症は2月11日にCOVID-19と名付けられた。メディアや世の人々に不信感や嫌悪感を引き起こすような事態を回避するために、特定の地域名・集団・人物・生物に言及しない名称が付与されている。

2月11月から12日にかけ、WHOのR&Dプログラムの一環として新型感染症国際学会が開催された。300名の専門家、48カ国の研究費提供組織の代表者、150名のオンライン参加者が本学会に集結した。COVID-19の詳細情報・治療法・感染拡大防止策に係わるあらゆる生物学的・医学的データの収集、可及的速やかな調査を必要とする項目の洗い出し、調査研究の予算確保に向けた調整、そして各国の医療従事者に向けた調査結果の提供手段などの各種課題について意見が交わされた。

2月16日、COVID-19の危険性・感染特徴の定義付けと、中国の感染対策の有効性検証を目的としたWHOと中国の共同ミッションが開始した。中国・ドイツ・日本・韓国・ナイジェリア・ロシア・シンガポール・米国・WHOの専門家25名が、武漢市をはじめとする複数地域を訪問した。ちなみに、専門家チームの構成員は国際的な協議の場で決定されている。

2月20日から21日にかけて、COVID-19に関連する様々な状況への対応ガイドラインがWHOの中国訪問結果を基にまとめられた。これは、既に感染症が明確に定義されている中国、ウイルスの流入が新たに確認された国、まだCOVID-19の影響を受けていない国、そして一般の人々と国際社会を対象として発信されている。なお、ウイルスの流入が新たに確認された国に対しては、感染対策に向けた最高水準の国家施策を緊急的に導入し、COVID-19の流行阻止に必要な一連の措置を国・公的機関の参画により確実化するよう勧告している。

3月18日、WHOはコロナウイルスと闘う18カ国のパートナーと共に、COVID-19の最も効果的な治療法を特定するための「Solidarity」という国際臨床試験を開始した[1]。この様な試験は数年かけて行われるのが通例だが、参加国の協調により「Solidarity」の実施期間は大幅に短縮された。共通合意に基づく計画に沿って多くの国々が治験を実施し、未承認の医薬品を含む様々な治療データを比較することが可能となった。この手法は、広範な地域で臨床試験を行い統計的に有意なデータを獲得することを意図したものである。

下期に入り、第二回目のCOVID-19対応に関する研究・イノベーション会議が7月1日から2日にかけて開催された。このオンライン会議には、各国から数千人規模の学者や研究者が参加している。基礎的な治療体系、有効性が見込める医薬品、そしてデータや安全性のモニタリングを担う単独委員会の設置を伴う多国間臨床試験の実施に関する問題などが議論され、あらゆるワクチン研究の過程において満たすべき統一基準の中身が検討された。

7月初旬頃までには、先述のWHO臨床試験プロジェクト「Solidarity」による複数のCOVID-19治療薬の試験結果が得られている。7月4日、WHOは7月1日から2日に実施したCOVID-19対応に関する研究・イノベーション会議の結果を公表している。有効性が期待されていた医薬品の中には、最終的に治療効果が無いと結論付けられたものもあった。こうした情報は世界中の医学界で認知されるようになった。

WHOと各国政府機関との協業

当初、WHOはCOVID-19対応を医療分野における問題と捉えており、2020年の初めには各国の医療機関とCOVID-19の研究・対応を行う医学界への情報提供に注力していた。しかし、感染拡大が広がるに従いWHOの活動の力点は政府機関との協業に置かれるようになった。というのも、問題の規模が単に医学的な枠に留まらないほど明らかな広がりを見せていたからだ。ここで注目すべきなのは、WHOが国家レベルでのCOVID-19対応の必要性を適時に問題提起した点である。

2020年2月15日のミュンヘン安全保障会議に参加したテドロス事務局長は、感染拡大対策のレベルを早急に引き上げるよう呼びかけ、医療機関の力のみに頼るだけでなく、国を挙げて感染症と闘うべきであると説いた。そして、感染症対策に向けた資金調達のための国際協力が急務であると訴えた。

2月19日より、WHOは加盟国の政府機関向け週次報告を開始し、COVID-19対応の状況と結果に関する情報を定期的に共有している。

政府機関との協力に向け、2月21日にWHO事務局長は高い専門性を有する職員から6名をCOVID-19特命大使に任命し、WHOの所掌地域(アフリカ、アメリカ、その他)における政府高官レベルに向けた政策支援業務に従事させることとした。

2月24日、中国で実施されたWHO調査事業の結果が記者会見で報告された。ミッション参加者は、「国際社会の大多数は、中国が行ったCOVID-19対策を実施できる程の精神的・経済的な用意が未だに整っていない」と指摘するとともに「COVID-19の感染者数と死亡者数を減少させるには、人々の健康を維持するための高水準な非医療的対策の大規模導入を迅速に計画する必要がある」と警鐘を鳴らしている[4, 2月24日]。この対策とは、症例の特定と他者からの隔離(isolation)、接触者の追跡、感染者の監視あるいは隔離(quarantine)、そしてこれらの手段を実行するための一般の人々との協力を意味している。

中国で初めてCOVID-19が確認されてからおよそ2か月半後、WHOはCOVID-19の流行をその拡大スピード・規模・症状の深刻度からパンデミックと判断している。WHO事務局長は、3月9日のメディア向けブリーフィングで、世界中の国々が迅速且つ毅然とした対応を取るべきであり、COVID-19との闘いは単なる医療問題に留まる話ではないと強調している。あらゆる政府部門と社会全体が、感染症の拡大とそのネガティブな影響を阻止するために行動を起こさねばならなかった。

パンデミックとの闘いにおける政府間協力体制の構築を目的として、3月25日にWHO事務局長テドロス・ゲブレイェソス、国連事務総長アントニオ・グレーテス、人道問題担当国連事務次長マーク・ローコック、そしてユニセフ事務局長ヘンリエッタ・フォアは、COVID-19国連グローバル人道対応計画を発表した[6]。3月26日、テドロス事務局長は同計画の推進と実現に向け、COVID-19対応を協議するために臨時開催された「G20首脳会議」に参加し、パンデミックとの闘いに一致団結して臨むよう各国のリーダーに訴えかけた。

この呼びかけは聞き入れられ、G20の首脳陣はCOVID-19対応に必要な手段を講じること、WHOとともに世界中の医療制度を強化すること、そして国際保健規則の完全な実行を推進していくことを宣言した。

各国首脳は、WHOのCOVID-19対応に向けた資金調達を始める準備があると表明し、全ての国、国際機関、ビジネス界、福祉機関、そして個人にこの取組みへの協力を呼び掛けた。

WHOは、宗教イベントなどの領域にも勧告を出さねばならなかった。4月15日にイスラム教の大巡礼(ハッジ)に向けた勧告を発令した。サウジアラビア政権はこれに従い、COVID-19の危険な感染源となり得る外国人の巡礼を停止した点は注目に値する。

国連総会はWHOの働きを支援し、4月20日に「COVID-19の治療薬・ワクチン・医療機器のグローバルなアクセス確保を目的とした国際協力」を採択した。本決議は、パンデミック抑制に向けた国際対応を調整するWHOの主導的役割を認めたものである。

5月18日から19日にかけてオンライン開催された第73回世界保健総会では、COVID-19に対する国際社会の取組みの一体化に関する決議が採択された。世界保健総会とは、国連総会に類するWHOの最高機関である。この決議は130国以上によって起案され、総会の最初と最後のセッションには14カ国の元首が参加した。同決議は、国際的な利益をもたらす役割としてのワクチン接種の重要性を確認し、パンデミック対応に不可欠なあらゆる医療技術へのアクセスの平等性確保を呼びかけている。

また、この決議はCOVID-19発生率に関する正確で完全な情報のWHOへの提供と、WHOの国際的なパンデミック対応を支援するための資金拠出を全ての加盟国に要請している。そして、WHO事務局長には、加盟国政府との協力枠組みの下で、COVID-19対策の公平・複合的且つ独立した評価プロセスの可及的速やかな開始と、パンデミック拡大の阻止と対応に係わる勧告の交付を指導している。

WHO事務局は、パンデミック問題に関して専門家への諮問を継続的に行っていた。7月31日には第四回緊急委員会が招集され、その結果に基づき8月1日に声明が出されている。委員会は、COVID-19の流行を緊急事態且つパンデミックと宣言すべきであること、そして感染症対策は未だ困難を極めていることを全会一致で合意した。WHO加盟各国に対しては、パンデミック対応の勧告が発出された。この勧告の内容は非常に多肢に亘り、経験の共有、感染症対策の導入、そしてCOVID-19対応に向けた国家戦略の実現における科学技術の有効利用などに至る様々な項目が網羅されている。

2020年8月31日、WHOは105カ国を対象としたCOVID-19パンデミックによる医療制度への影響に関する予備調査の初回結果を公表した。ほぼ全ての国(90%)において医療現場が混乱していることが確認され、低中所得国に至っては極めて困難な状況に陥っていることが明らかとなった。

パンデミック対策と効果確認に関する独立委員会は、9月17日に最初の会合を開いた。委員会は次の3つのテーマに焦点を当てることを決定した。

  • COVID-19パンデミックへの準備・対応能力を完全に備えた国際体制の強化構想策定
  • グローバルアラート・感染拡大の経過・各国の対応・パンデミックの広範な社会的影響といった要素を含む、パンデミックの初期段階から現在に至るまでの対応方法の見直し
  • ウイルスの特徴や、あらゆるレベルの政府・組織の対応に関する問題を含む、新型コロナウイルスの世界的拡大と同ウイルスがもたらした破滅的結果から学ぶべき教訓

10月29日に実施された国際保健規則(IHR)委員会の年五度目の会議の結果、パンデミックは依然として国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)であると結論付けられ、テドロス事務局長に向けて勧告が出された。テドロス事務局等はこれを受け入れるとともに、IHR2005に適合する臨時勧告を加盟国に向けて発出した。

2020年11月9日から13日にかけて第73回世界保健総会がオンライン形式で実施された。総会は、公衆衛生上の緊急事態に対する備えの強化策に関する決議を採択した。本決議もまた、IHR2005の「全方位的」な方針を遵守し、COVID-19という公衆衛生・疫学上の緊急事態への対応を強化する必要性を示している。

テドロス事務局長は保健総会の終会宣言で、「国際的な公共の利益としての医療手段の迅速な開発を推進するために、病原体と臨床検体の国際的な合意に基づく共有体制を構築する必要性」をパンデミックが提示していると語った。そして、「WHOが責任を負いスイスの安全な施設に検体保管庫を設置すること、検体の任意提供に合意すること、検体の譲渡と利用を支援する権限をWHOに付与すること、そしてWHOの検体提供基準を制定することなどを前提とした新たなアプローチが必要である」と提言した[4, 11月9-13日]。

By KokusaiSeikatsu

『国際生活』はロシア連邦外務省を発起人とする、国際政治、外交、国家安全保障の問題を取り扱う月刊誌です。創刊号は1922年、『外務人民委員部週報』として出版され、1954年に『国際生活』として、月刊誌として復刊しました。今日、ロシア国内だけでなく、世界各国においても幅広い読者を獲得しています。