ウラジスラフ・グレヴィッチ 『国際生活』エキスパート

ソ連邦の崩壊後、かつての連邦構成共和国の一部において、キリル文字からラテン文字へのアルファベット切り替えの動きが今に至るまで続いている。その最初の例となったのはアゼルバイジャンであり、また最近ではカザフスタンもそれに続こうとしている。その間、モルドバ、ウズベキスタン、トルクメニスタンがラテン文字への切り替えに取り組んだ。カザフスタン政府は2017年に、キリル文字からの切り替えを「国民が解決しなくてはならない原則的問題」と宣言した(1)。つまり、カザフ語とカザフ文化のラテン文字化の考えを捨てるつもりはないということだ。

ラテン文字への切り替えを支持する人々の意見は、あまり論理的ではないように思われる。よく引き合いに出されるのがトルコの例だ。トルコでは実際にラテン文字のアルファベットが比較的簡単に定着したが、この「比較的簡単に」というプロセスは10年でというわけにはいかないのだ。

トルコは国境を接するヨーロッパに近づこうとした。歴史的にギリシャやブルガリアなどの隣国と複雑な関係にあったトルコは、キリル文字へと移行することは不可能だった。なぜならキリル文字の創設者であるキュリロスとメトディウスは、ギリシャに住んでいたブルガリア人であるからだ。トルコは数世紀にわたって、イスラム世界の覇権をアラビア人およびペルシャ人たちと争ってきた。そのため、新しいアルファベットとしてアラビア文字やペルシャ文字を使うことはできなかった。一方で、トルコは西欧諸国とはよく同盟関係を結んだことから、新しいアルファベットとしてラテン文字が選ばれたのであった。

またラテン文字への切り替えの背景には、文化的というよりも、地政学的な思惑が隠されている。旧ソ連邦の共和国にとっても同じことがいえる。ラテン文字のほうが音をより忠実に正確に表記することができる、というような理由は、本当の理由をマスキングする言い訳に過ぎない。モルドバではラテン文字への切り替えとともに、モルドバ人とルーマニア人とは一緒だというプロパガンダが行われたが、それと同じような文明的、地政学的なトランスフォーメーションが、旧ソビエト圏のチュルク諸民族において起こっているのである。

ラテン文字への切り替えをめぐる「都市伝説」を以下に列挙しておく:

ラテン文字は意識を近代化する。近代化とラテン文字化を直接に結び付ける根拠は存在しない。日本、韓国、中国はラテン文字がなくとも経済的なリーダーに成長した。中国語のラテン文字への転写システム(ピンイン)は、外国人の初学習者向けに、音声を説明することが主な目的である。大人の中国人はみんな漢字で書いている。

ラテン文字は経済的成功の機会を増やす。ラテン文字を採用していても、経済的に成功していない国が多く存在すること自体、この仮説を具体的に否定している。アルバニア、アフリカ諸国を、経済的リーダーと呼ぶことは難しい。ラテン文字が経済的繁栄を意味をするのであれば、セルビア人やガガウズ人は、キリル文字を維持することはなかっただろう(実際、ラテン文字とともにキリル文字が今に至るまで使われている)。ウズベキスタンとトルクメニスタンの経済的成功もそれほど大きなものではない。

ロシアへの労働移民の大半は中央アジアからだ。ここではまさにキリル文字が、彼らが社会経済的にロシアに迅速かつ快適に順応するために役立っている。ラテン文字は彼らの順応を困難にするだろう。ラテン文字への切り替えを警戒して、カザフスタンからは医療、教育、建築、法律などの分野における専門家の流出が増えている(2)。人材なくして経済発展はありえない。

ラテン文字への切り替えによって、外国との統合が促進され、ラテン文字を使用する諸国との統合が進む。ラテン文字を使用する国々は、文化文明的にみて非常に多種多様であり、何らかの統合を云々できる状況ではない。ハンガリー人、フィン人、エストニア人は、すべてフィン・ウゴル人に属する。トルコ人、カザフ人、アゼルバイジャン人はチュルク人、イギリス人、ドイツ人、オランダ人はゲルマン人。クロアチア人、チェコ人、スロバキア人はスラブ人であり、ポルトガル人、フランス人、スペイン人、ルーマニア人、イタリア人はラテン人である。現代における統合は、言語を通じてではなく、政治システムや経済プロジェクトによって行われる。EUやEurAsEC(ユーラシア経済共同体)などがその例である。

ラテン文字は、旧ソ連のチュルク系諸言語を、ロシア化から守ってくれる。注意すべきは、ラテン化からは守ってくれない、ということだ。ポーランドの言語学者の何人かはすでに、ラテン系言語の単語がポーランド語に入ってきていることを批判している。ポーランド語のラテン化は、14世紀から17世紀にかけて特に激しく発生し、例えば、「私は認める」という意味の “Confiteor…” や、「同意する」という意味の “Assentior” 、そして「いかなるようにも…(ない)」という意味の “Nullo modo” などは、スラブ系の言語としては不自然に響く。カザフ語やウズベク語、トルクメン語などの言語でも、同じようなことが起きないだろうか。チュルク語の難しい言葉が、ラテン系言語ではおかしな言葉に聞こえる、といったような笑い話には事欠かないのだが。

ラテン文字は、社会のコミュニケーションを幅広くする。国家の利益はまず第一に、隣国との相互に利益のある関係を構築できるかどうかにある。旧ソ連共和国が一方的に、非妥協的な形でキリル文字を放棄することは、最も大きな隣国であるロシアとの関係を広げるのではなく、狭めることになる。旧ソ連共和国の諸民族が、国境のみならず、文字においてもバラバラになることは、ユーラシア空間の統合を促進するものではなく、協力のテンポを遅らせることにもなりかねない。その場合、経済的成功を議論することができるのか?また数万人(カザフスタンにおいては350万人)のロシア人コミュニティについてはどうなるのか?文化民族的なレベルで、それを完全にラテン化することはおそらく不可能だろう。

ラテン文字化は、ロシア帝国およびソビエト連邦における「植民地的過去」との決別の象徴だ。統計によれば、ラテン文字を使っているのは、地球上の約40%の人々だ。これは西欧諸国による植民地化の結果であり、自発的な選択の結果ではない。アメリカ大陸とアフリカ大陸におけるラテン文字の使用は、自由の象徴ではなく、植民地主義の象徴である。ロシア帝国およびソビエト連邦における少数民族は、一方的な同化政策にさらされることなく、キリル文字に基づいた文字を受け取ることで、民族文化の発展を見た。ネイティブアメリカンにおいては、ラテン文字は民族の消滅を回避することに役立たなかったのだ。

ラテン文字化の支持者らの主張には一貫性がない。ソ連の諸民族の言語をラテン語に変更するという1920年代の政策は、文化的暴力の例であると非難され、それは根拠のあるものだったが、今に至って、ラテン文字への変更が正当化されると主張している(それは筆者の見る限り正当化されない)。ロシア語とキリル文字が、精神的モラルの危機を生み出しているという主張さえなされれているのだ!言語をモラルの観点から云々するのは、政治的な色合いの強い文化言語的優生学とさえいえよう。

旧ソ連の歴史において、ラテン文字化の問題が流血の内戦に及んだ例もある。それは沿ドニエストル地域でのことだ。当時のモルドバ政府が沿ドニエストルの住民に対して、モルドバ語のキリル文字表記を放棄し、ラテン化を推し進め、ルーマニアとの一体化を強要しようとしたことは、武器をもって、自らの政治文化的アイデンティティを擁護しようと住民を立ち上がらせたのだ。言語政策における非柔軟性は、いつも燦燦たる結果を生み出す。ラテン文字化を決めた政府がこの問題を認識していないとは言えない。しかし、この非建設的な問題をあきらめる準備があるとも言えない。アルファベットと違って、隣国を変更することはできないのだ。


 ※筆者の意見は編集部の意見とは必ずしも一致しません

1) https://e-history.kz/ru/news/show/5091/

2) В Казахстане сообщили об оттоке населения из страны

By KokusaiSeikatsu

『国際生活』はロシア連邦外務省を発起人とする、国際政治、外交、国家安全保障の問題を取り扱う月刊誌です。創刊号は1922年、『外務人民委員部週報』として出版され、1954年に『国際生活』として、月刊誌として復刊しました。今日、ロシア国内だけでなく、世界各国においても幅広い読者を獲得しています。