強制的な協力関係における建設的な対話

ユーリー・シャフラニク

「世界政治・資源」基金理事長、経済学博士

(翻訳:福田知代)

 「社会主義の建設が進むにつれて、階級闘争が増加する」というテーゼは、多くの人に知られているものである。実際、ボリシェヴィキが自らの目的に突き進んでいた時期、経済形態や日常、人々の習慣、社会構造の性質における国家の基盤は、そう急激に変化することはできず、階級闘争は確かに先鋭化した。そしてそれは、「人民の父」が弾圧のはずみ車を急回転させるためのイデオロギー的根拠を裏付けることになったのである。

 国家の運命の中で、巨大な地殻変動、政治的・経済的な脱線が短期間のうちに起こった場合、歴史的観点から見て、それを革命と呼ぶことになんら不思議はない。ソビエト連邦の崩壊と、現在も続くその崩壊のプロセス――断片的で別の特性を持っていたとしても――は、今日起こっている同様の変化の先駆けとなった。

 中国は、アメリカのあらゆる立場を圧迫しながら、この10年で徐々にグローバルな超強国へと成長した。そして、政治的、経済的、領土的なあらゆる競争において、その競争相手がだれであろうとも、今後も中国はただその立場を堅固なものにしてゆくことだろう。

 ヨーロッパは――ついでに言うと、ロシアは強いヨーロッパというものに関心を抱いている――共同の政治・経済的な確実性を模索している最中である。イギリスのEU脱退、EU憲法の未批准と、多くの問題をめぐる各国の意見の不一致がそれを証明している。つまり、ヨーロッパ統一のプロセスは、そのゴールまではまだ果てしなく遠いのだ。そもそも、その望むべき国家形成の輪郭ですら、はっきりと見えていないのである。それでもやはり、ローマ帝国の建設、ゲルマン国家設立の構想と、ドイツ帝国、ナチスドイツを求める動きが出てきた時代からすでに、このプロセスは進行しているのである。

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 この10年で、近東と北アフリカをめぐる状況は、落ち着くどころか、ますます複雑化している。

 そしてこれらはすべて、情報空間が圧縮され、距離を克服するための時間が短縮され、そしてインターネットの影響で人々の認識が変化したというグローバルなプロセスの枠内で起こっていることである。

 このような状況で、ロシアは、ドラマチックな試練を乗り越え、1000年の歴史を背景とした、自らの新たな重大な本質と、国家の将来性にとっての戦略となる可能性を実感するに至った。

 筆者によって名付けられた世界秩序の根本的な変化は、言うまでもなく、対決的な性質を持っている。これは、たとえば、アメリカが、あらゆる国際的な義務――軍縮のみならず、同盟国との間の明文化された義務すらも拒否する方針を選び、現在もそれを継続しているという点に、よく現れている。

 こういった背景の中で、抗争がドラマチックな出来事から悲劇的な事件に発展しないよう、また、重大な地域的抗争が地域間の壊滅的な殺戮へと発展しないようにするための基盤としての民間外交の役割が大きくなってきている。だからこそ、文化的、科学的、技術的な交流から、関心ある社会層や分析的グループによる非公式の政策に至るまでの、国家間の生きた交流のできるだけ大きな構造を作り出すことがきわめて重要なのである。

 そして、現在ある抗争の段階をどのように評価したとしても、切っても切り離すことのできない水平の関係性を必然的に含む世論のシグナルを、国家に対して発信していくことが必要となるのだ。けれども現在、多くの国々において、どのような非政府的な対話も非愛国的な部類に陥りがちであり、その参加者も、信用のおけない面々となっている。おまけに、多くの国々の国民は、環境、世界的な気候や、この20年間でより世界に拡散した大量破壊兵器、パンデミック、激化するサイバーテロといった領域に「固執している」。

 世界経済とエネルギー経済論においても、はっきりとした変化が生じた。炭化水素の生産者の「独裁」が、その消費者の「独裁」へと取って代わった。これは、地球上のエネルギー資源は、すべての専門家が予想していたよりもはるかに多い、という全体的な実感による。もし、短期間の間にその優位な立場の急激な交代が発生した場合、それは、グローバルエネルギー経済論における革命的な変化だと言うことができよう。

 筆者が挙げたファクターによって引き起こされた対立を調整するためには、国際的な協力関係の新たな特性が必要不可欠であることは明らかである。たとえそれが、2015年に筆者によって名付けられた「強制的な協力関係」であったとしても、だ。公式の協力関係の構築を促進するような、問題の非公式的、非公開的な審議を行うことのできる力を集結させた民間外交が、そのきわめて重要な特性である。

 ここにこそ、国家関係調整の同時進行的なプロセスの現実的な手本がある。

 民間外交の歴史において、「ダートマス対話」以上に意義を持つものは存在しない。60年の歴史を誇るこの露米間の非政府運動は、その活動の基盤と様式の独自性を納得させるものである。「対話」の主な独自性は、ソビエト(のちにロシア)とアメリカの社会的・政治的エリートの非公式でのコンタクトのチャンネルとしての役割を持ちながら、両国の指導部の決定にとって、何度となく重要な情報源となったという点にある。

 そしてこれは、驚くことではない。「対話」の権威は、そこで言及される問題の本質によってだけでなく、参加者のユニークさによっても形成されているのである。その参加者は、専門性がさまざまで、社会的、宗教的、学術的、およびその他の関心がバラバラなのだ。彼らの共通点と言えるものは、自国の国家や国民に対して大きな功績があるという点だけである。この運動に参加したのは、両国政府の元大臣、さまざまな年代の官僚、ロシア外務省およびアメリカ国務省の高官、軍事、政治、経済の著名な専門家、学者、医師、映画監督、ジャーナリスト……といったメンバーであった。これまでの60年間のあらゆる時期において、相互関係の発展と、ロシアとアメリカが積極的に関与している地域での安定性強化を妨げるような抗争の克服のために、彼らは大きな貢献をしてきたのである。

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 もちろん、それぞれの時期は、「ダートマス」に対して特別な「要求」を提起し、しかるべき対応を求めてきた。それゆえに、この人道的なプロジェクトを実現させるにあたっては、特別な人物の存在なくてはどうすることもできない。ソビエト時代、ダートマス運動には、アメリカ側からはノーマン・カズンズ、デイヴィッド・ロックフェラー、ヘンリー・キッシンジャー、ロシア側からはゲオルギー・アルバートフ、エフゲニー・プリマコフといった、一連の非凡な巨匠ら(世界的な政治の重鎮)が名を連ねた。そしてまさにこの、本当の意味での歴史的な人物らが、国連の国際「賢人会議」の創設者であり、メンバーでもあるのである。E.プリマコフとH.キッシンジャーは、2014年9月に「ダートマス対話」を活発化させる後ろ盾となった。

 もし、ここ6年間を念頭に置くならば、ラディカルに変容する世界を背景にして緊迫化した、ロシアとアメリカの国際関係を考慮しなければならない。この数年、多くの国々において、自らの国益を「保護」するという考えが成熟してきた。これは、アメリカにとっては、アメリカの名の下での、アメリカのための世界秩序の政治である。このことは、アメリカのあらゆる同盟国、NATOや、最近結成された、27か国が参加する信教の自由のための国際同盟も、明確に理解していた。

 この6年間での「対話」の局面は、両国の国民以外をも危険にさらすような、露米間の前例のない緊迫した関係の中で過ぎて行った。1962年のソビエト連邦とアメリカとの間の、一触即発の政治的、外交的、軍事的衝突となったカリブ海での危機ですら、現在の両国間の危機と比べると、外交やその他のチャンネル、そして公人による緊急の協議会談により、はるかに合理的で効果的な国家間の協力関係を見せるに至ったと考えられる。当時、二つの超大国の衝突は、現在のものよりもずっと驚異的なものとなりえたが、同時に、より予測可能なものでもあった。

 そしてやはり筆者は、モスクワとワシントンが必要に迫られて歩み寄り、地域的な抗争のうちの一つ、シベリアにおいて協力関係に達することができたときに、両国の危機のピークは過ぎ去ったと考えたい。まさにその時点で、「アラブの春」と名付けられた近東地域での体制交代と不安定化のプロセスが中断されたのであった(アメリカも西ヨーロッパも予見しえなかった)。

 近東地域の国々は、ロシアでその活動が禁止された国際テロ組織ISILの、攻撃的でコントロールのきかない軍事・政治的な無秩序な拡大を背景に主権を失い、混沌の渦に陥った。シリアとイラクの領土の大部分が、ISILの指揮の下で新たなイスラム国家の輪郭を強化するための拠点となったが、これは、1916年のサイクス・ピコ協定に基づく地域再編以来の出来事であった。

 この歴史的な現象は、今後、再発の可能性のある危険なテーマとして解釈されることになると指摘しておきたい。住民によって受け入れられたイデオロギー的な方針だけではなく、新たな地理的境界において、あるテロ組織を、地域の軍事・政治的な巨大勢力へと変容させるスポンサーの存在もまた、問題なのである。

 2015年秋にシリアの法治権力の防衛のため(シリア政府の要請で)、また、ロシアの国境付近での将来的な国際テロ組織の拡大との闘いのためにロシアが総合的な軍事力をもって参加したことは、アメリカにとっては決定的であり、予期しない流れであったが、これは結果的に、2014年のクリミアでの事件のあとの我々の立場を新たに分裂させることにつながった。アメリカの紋切り型の報復行動は、ロシアにとってシリアおよびイラクのイスラム過激派との闘いがいかに重要であるかを考慮に入れないものであったため、新たに抗争がこじれることにつながった。アメリカの政治家や、世界中の専門家たちは、アメリカとロシアとの間の戦争開始時に大量破壊兵器が限定的に使用されることも予想したさまざまなシナリオの「敗北」を公然と認めたのであった。

 その際、双方は――モスクワがイニシアチブを取ったわけではなく――軍事・政治的、経済的な協議のチャンネルも含め、それまで行われていた政治・外交的な交渉のチャンネルをすべて廃止してしまった。そして両国の軍の指揮官だけが、シリアの「戦場」において、軍事衝突の悲劇的なシナリオを回避するための基本的な「火事場の手段」に着手したのである。

 「ダートマス対話」は、この約1年半の間、大量破壊兵器やミサイル防衛および新戦略兵器削減条約の運命といったきわめて重要な課題を含む、両国の戦略的安定の課題を協議する、唯一の定例の「生きたチャンネル」であった。

 2016年から2017年にかけての、モスクワとワシントンとの間の信頼関係の危機とお互いの疑念が高まった時期において、「ダートマス対話」の助言は、シリアや近東地域における、両国のもろい基盤の上での相互関係の形成に、相応の貢献をした。

 「ダートマス」の唯一の非政府的交流のチャンネルとしての重要な役割と、二国間関係における衝突の調整への貢献に関しては、ロシア連邦外務相セルゲイ・ラブロフ、アメリカ合衆国国務長官マイク・ポンペオ、アメリカ合衆国国家安全保障問題担当大統領補佐官ジョン・ボルトン、ロシア連邦安全保障会議書記ニコライ・パトルシェフ、駐露アメリカ合衆国大使ジョン・ハンツマンと駐米ロシア連邦大使アナトリー・アントーノフら多くの政治家が何度となく強調してきた。

 近年の出来事は、市民社会の役割が至るところではっきりと拡大しているということを示すものである。政権はますます市民社会を重要視しており、COVID-19のパンデミックとの闘いとサバイバル能力の強化をめぐる国家的な効果に関する社会的な評価は、あらゆる場面で大きな比重を獲得している。

 まさにこの理由で、「ダートマス」は、医療、文化やその他の人道的な活動に特に注目しながら、しかるべき権力組織と緊密な協力関係を持つことを目指している。とりわけ、「ダートマス」の文化、宗教、医療の部門は、近年積極的に活動を行っている。

 この運動の歴史に輝かしいページを書き加えたのは、世界的に有名な心臓外科医で、アメリカ史上唯一のアメリカ心臓外科医協会の外国人メンバーであり、心臓血管外科医アレクサンドル・バクレフ記念国立医療研究センターの所長、アカデミー会員レオ・ボケリヤとアメリカの教授ジョン・ハードマンであった。

 サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の著名な指揮者であり、ヴァイオリン奏者でもあるヴィクトル・フェドートフの一家は、「ダートマス」の申し子と言ってよいだろう。彼は、カリブ海での危機のさなかにニューヨークに滞在していた。ジョン・F・ケネディ、ジャクリーン大統領夫妻の招待で、二週間の演奏旅行に訪れていたのである。フェドートフは、演奏旅行を中止することなく、また、アメリカを出ようともしなかった。そして、衝突のピークに開かれた彼のコンサートには、二度に渡って、大統領とファーストレディーが出席したのである。

 「ダートマス」のあるロシアでの定例会議で、参加者たちの前にヴィクトル・フェドートフの息子、マクシム・フェドートフが現れたことがあった。彼もまた、世界的に名の知れた指揮者であり、ヴァイオリン奏者である。彼は、現在のところ、アントニオ・ストラディバリのヴァイオリンのイタリア人保管者たちが、2006年にサンクトペテルブルクで開かれた国際コンクールにおいて、彼の才能を認めた証として深い敬意を表したという世界で唯一の人物である。彼は、一回のコンサートの間に、偉大な巨匠のヴァイオリンを二台使って演奏したのであった。

 2017年夏、両国の危機がちょうどピークにある時期に、マクシム・フェドートフは、彼の父がニューヨークでジャクリーンとジョン・F・ケネディ夫妻を前にして演奏したヴァイオリン曲を、モスクワでアメリカの聴衆を前に披露した。このコンサートが、「カリブ海の局面」の予断を許さない状況下で、J.ケネディとN.フルシチョフが行った決定に何らかの影響があったかどうかは、ここでは議論しないこととする。けれども、元アメリカ合衆国国務次官補ハロルド・ソーンダースを含む、モスクワにおけるアメリカの聴衆は、マクシムの演奏に歓喜し、我々に対して、対決的問題の議論の山場を越えるための「適した基調」を作り出してくれたことに感謝の言葉を述べた。

 2020年の1月、両国の歴史で初めて、主導的な地域組織間での協力関係に関する合意が締結され、効力を発揮した。これは、イスラム過激派と、ロシアおよびアメリカで活動が禁止されているテロ組織ISILや「ムスリム同胞団」などへ信者が流れ込むことを効果的に阻止する目的で、両国の若者らを神学の面で啓蒙する、キリスト教とイスラム教の複合的な共同の施策を想定したものである。

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 現在のアメリカにおける緊迫した内政危機は、遅かれ早かれ克服されることだろう。時間の経過とともに、今後アメリカは、ますます「正常な」国になり、政治も、独自の価値観を世界に広めるのではなく、自らの国益に基づいたものとして行われていくことになると予想される。ただし、残念ながら、アメリカのニュースメディア「Polotico」に掲載された二本の有名なメッセージの中で、政治家らはこれを「民主主義と自由の要求」ではなく、「大西洋主義的な傾向」の中での動きであると分析している。

 1990年代初頭、民主主義的な転換と市場経済への移行によって引き起こされた多幸感は、ロシアのエリートを、現代の経済と繁栄の模範として、アメリカを手本にしようとする方向へと向かわせた。この多幸感は、露米関係の、文字通りすべての方向での発展を過度に期待した結果、形成されたものであった。

 「ワシントン・コンセンサス」の原則は、急激な改革の基礎に無条件に置かれ、我々の相互関係に方向性を与えることとなった。政府間委員会ゴア-チェルノムイルジン委員会が創設された。その活発な参加者であった筆者だからこそ証言できるが、一連の大規模な共同プロジェクトの実現と経済的な協力関係のための法的な基盤を整備し、政治的な刺激を与えたという点で、この委員会は大きな功績を残した。委員会の手助けにより、アメリカの巨大企業がロシアに進出し、市場経済の形成と、石油ガス部門を含むさまざまな分野の技術的発展に、大きな貢献をしたのであった。

 2001年6月、アメリカとロシアの大統領によるサミットが開催された。そこでの結論のうちの一つが、露米間のエネルギー対話形成のイニシアチブを取る、というものである。これは、エネルギー部門において、調査、生産、製造、輸出とエネルギー燃料の販売、さらには第三国におけるプロジェクトを含めた、共同プロジェクトの実現といった分野における両国のしかるべき企業の間での相互の取り組みを促進させ、商業的な協力関係の促進を呼びかけるものであった。

 同じく2001年、ロシアとのエネルギー分野における協力関係に関するアメリカ議会の立場が記された、「アメリカとロシアのパートナーシップ:新たな時代、新たな可能性」と題された白書が出版された。この文書では、アメリカが「エネルギー燃料の不安定な供給と不要な依存のリスクを回避することができる」以上、露米間のエネルギー協力の発展がアメリカ外交の優先的な方向性でなければならない、と直接的に示された。

 当時、多くのプロジェクトが実施された。「サハリン-1」、「サハリン-2」、「カスピ海パイプラインコンソーシアム」や、北極の大陸棚の共同保有の開始といった巨大プロジェクトを挙げるだけで十分だろう。また、この流れの中で、「エクソンモービル」、「シェブロン」、「コノコフィリップス」、「ベーカー・ヒューズ」や「ハリバートン」などのアメリカ企業がロシアに進出した。

 けれども、文字通りここ数年(2008~2015年)でのアメリカにおける技術発展、新たな技術の爆発的な進歩は、状況を根本的に変えてしまった。エネルギー分野を含むロシアとの協力関係は、緊迫した争い(のちに、地政学的な抗争)に取って代わった。

 これに関しては、20世紀末の段階で、アメリカのあるグループは、ソ連崩壊とそれに続くロシア経済の危機は、とりわけ、冷戦におけるアメリカとNATOの勝利の結果であり、この勝利によって、ロシアは今後、国際政治のみならず、地域的な発展においても影響力を失うだろうと考えていた。結果的に世界は一極化し、アメリカが、軍事力の適応を含め、あらゆる国家の内政に干渉することのできる完全な権利を持つ、国際安全保障の唯一の保証人となったのである。

 たしかに我が国は、15年間の不遇の時期を乗り越え、新しいロシアとは何なのか、変容する世界の文脈において、ロシアとは何であるか、新たな条件の中で、ロシアはどのように自らの国益を守り、実現していかなければならないのかという理念を形成するに至った。

 そして問題は、クリミアとウクライナに起因する衝突が発生した2014年の出来事だけに留まらない。それは単にトリガーとなっただけであった。筆者が述べてきた、2012年あたりからのプロセスによって、アメリカのロシアに対する態度が、より自己中心的になり、厳しいものになったことは明らかであった。

 今日、ダートマス運動と、時代の呼びかけに対するダートマスの反応に、新たな性質の要求が現れてきている。ここで筆者は、世界は間違いなく統合を望んでいると信じ、巨大な産業の派閥、政治の派閥に身を置いたことのある人間として、自らの経験を頼りにしたい。特に、情報と距離の克服、時事的な緊張と新たな技術の要求の面で、世界は今、小さくなった。

 ついでに言っておくと、ソ連が経験した災難のうちの一つは、国際経済と文化のプロセスにおける方針が不十分だったということである。もし、現在起こっているような露米関係に閉じこもったとすれば、これは20世紀の世界大戦よりも大きな災難となる可能性がある。縮小した世界においては、どんな緊迫した問題も、より容赦のない結末につながりうる。環境をめぐる惨事ですら、その結末を前にすれば、精彩を失ってしまうだろう。だからこそ、両国間の緊張が高まりつつある時期において、筆者は、ロシア側の共同議長として「ダートマス会談」に参加することに同意したのである。ロシアおよびアメリカの大統領の支持者でも反対者でもない立場で、現状を精査し、「強制的な協力関係」を含めた協力の選択肢を提示できれば、と考えている。

 我々は現在、今後の運命を決める分岐点に立っている。関係を安定させ、足並みをそろえたオープンな行動を取るか、あるいは、新たな緊張の段階に進むか。アメリカの態度次第で、相互関係の可能性の「窓」がどのくらい広く開かれるかが決まる。

 今日、アメリカとロシア国民の、広い層による相互関係の課題を至急検討することは、間違いなく、避けて通ることができない。今こそ、さまざまな分野で協力関係の政治的援助のシグナルを送る時期である。

 すでに述べたように、アメリカは、もっとも強大化した時期に、世界を自らの下で建設するという道を選んだ。原則的には、これはかなり自然な国家のエゴイズムである。けれども、ソビエト連邦内でロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が、多くの共和国や社会主義陣営の国々を「内包していた」という我々の例を見ても、「自らの下で」建設することは、何も良い結果を生まない。おそらくアメリカも、白頭鷲の羽で他の国々を覆うべきではない。ましてや、軍事力に頼るなど、もってのほかである。同盟国の数を拡大させることにはつながらず、逆に敵を増やすことになるだろう。

 「ダートマス対話」は、パートナーの数を増やそう、そして、パートナーシップを拡大し、強化しよう、と呼び掛けている。もっとも複雑な時期において、「ダートマス対話」は両国の建設的対話のための支点であり続け、両国の関係を、双方の誤解の最後の一線から逸らすことに一役買ってきた。我々は、今日の両国の関係の「冷え込みの深さ」は前例のないものであり、このような状況を早急に克服できるとする見方は、軽率であろうと感じている。しかし、落胆してはならない。要求をすり合わせ、双方の国益が、山積する課題と信頼関係の欠如といった問題から一刻も早く抜け出すことができ、妥協点を見つけて建設的なアプローチをすることができるよう、「小さな歩み」で進むべきだろう。

 重要なのは、立ち止まることなく、進み続けることである。2019年12月、「対話」の参加者が、ロシアとアメリカ政府に対して、戦略兵器を将来的に制限し、縮小する措置に関する合意(新戦略兵器削減条約)を延長することは必要不可欠であると呼びかけたのは、単なる偶然ではなかった。「ダートマス対話」の意図する範囲は、共同議長と露米の非政府グループの参加者らが、コロナウイルスのパンデミックとの闘いにおいて共同戦略を審議した、最近の臨時会議の内容もまた、反映している。

 現在、何らかの関係改善を期待することは困難である。対ロシアの制裁が、アメリカで法的効力を獲得し、これは今後、非常に長い期間撤回されることはないだろう。もし、現在活躍している政治家たちを考えてみるなら、これはつまり、事実上、永遠に撤回されることはないかもしれない。

 けれども我々は、両国の相互支援の分野を広げ、相互理解を推進し、お互いの意図に対する信頼を高めることを可能にする新たなシナリオもまた、視野に入れている。

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 すでに指摘されたように、「ダートマス」は単なる両国の対話プラットフォームの一つではなく、社会的な集会でもない。そういったものは、他にも無数にある。「ダートマス」は、相手国の気運に「探りを入れる」ためだけのものではない。

 露米関係の一連の非常に緊迫した議題に関して、ここ2~3年、「交渉人」たちは共同の提案――これは、後になって、効果的なものであったことが判明した――をまとめ上げることに成功している。このことは、不毛な政治学的議論は、まったくもって我々の目的ではない、という、「ダートマス」の新たな性質を証明しているのである。両国の第一人者と関係省庁のトップに提出された「ダートマス」の提案は、両国の政府もまた、当事者の論証に単に耳を傾けているだけではなく、多くの焦眉の課題に関して、合意の上で動くことが可能なのだということを示していた。我々にそれが可能であったということは、つまり、国立研究所にとってもまた可能だと言えるのである。

 今日、情報技術の急激な発展にも関わらず、この必要性は――たとえ奇妙に思われようとも――ますます強く求められることになる。独立メディアを含めた多くのメディアのあからさまな偏見が、相手国に関する歪曲されたイメージを形成することにつながっているのだということを、遺憾の意をもって検証していくべきである。そして、これらの歪曲されたイメージが、政治的な決定を下すプロセスにネガティブな影響を及ぼしているのだ。重要なのは、意見を変えさせるということではなく、理解するということである。まさに「ダートマス対話」にこそ、「確実な青写真」を描く役割が与えられているのだと、筆者は確信している。その青写真は、両国の、エリートの代表、専門家――ただし、公的なポストに就いているかどうかは重要ではない――の間の、誠実な非公式の開かれた話し合いの結果、生まれてくるのである。

 重要なのは、この交流のフォーマットを継続するということだけではない。その参加者もまた、彼らの議論の結果がさらに注目されるようにし、そして、「対話」により耳を傾けてもらえるようにしていかなければならない。ここに、ダートマス運動と、時代の呼びかけに対するその回答に関する問いかけの、新たな性質が見えてくるのである。

 「ダートマス」60周年に向けて、双方の国民の間だけでなく、地球規模で世界を支えるための課題における、「ダートマス」の歴史的で建設的な役割に関して、両国は何らかの声明を出すだろうと思われる。つまり、「ダートマス対話」は、間違いなく、建設的と名付けられるに値する権利を持っていたのである。

 このドラマチックな時代において、国家レベルでの決定を見出すことが困難になればなるほど、争いなき決定を下すための土台を形成し、両国の社会の広い層を巻き込みながら、民間外交のレベルで話し合いを行うことがますます必要不可欠になってくるのだということを、ここにもう一度強調しておきたい。

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