フョードル・イグナチアディス
ギリシャ・ロシアクラブ「ディアロゴス」理事長

ロマン・プロタセヴィッチの拘束から2日経った5月26日、ホワイトハウスとクレムリンは、バイデンとプーチンの首脳会合が6月16日に開催されることを明らかにした。プロタセヴィッチはベラルーシの「反体制派」として知られており、ここ遠く離れたギリシャにおいても「ネオナチ」として悪名高い人物であるが、彼の拘束の知らせは、ブリュッセルと欧州議会においてはヒステリックな反応を巻き起こした。しかしホワイトハウスは落ち着いた反応を見せている。それはローマのことわざ「Aquila non captat muscas」(「鷲はハエをつかまえない」)ということのようだ。アメリカ政府は、それが適切なものであれ、場違いなものであれ、とにかくも古典時代の言葉を引用するのが好きだということを指摘しておこう。

レイキャビクでのラヴロフ外相との会談の前にアメリカ国務省は、ノースストリーム2への制裁措置は非生産的であり、ドイツのNord Stream-2 AGへの制裁はないとの声明を発表したが、それはいままでに思われていたよりも重要な意味を、国務省がこの会談によせていることを示している。

さらに、コロナウイルスの状況の中で、多くの人が忘れている事実がある。昨年1月、エルサレムを訪問したプーチンは、ホロコースト犠牲者をテーマにしたフォーラムに参加した50カ国の代表に対して、ファシズムに対する勝利75周年を記念した国連安全保障理事会常任理事国の会合を行うことを呼び掛けた。つまり、世界の主要核保有国による首脳会合だ。

フランスと中国は即座にこの提案を支持した。トランプはこの考えに反対ではなかったものの、アングロサクソン諸国は沈黙を守った。イギリスは、その反ロシア路線を考えれば、そのような態度をとったこともうなずけるが、パンデミックの後、アメリカについてはかなり複雑な状況に置かれている。レーニンの革命状況についての考察を引くまでもなく、アメリカはすでに以前のように世界を支配することはできずに、世界もアメリカ政府の指図に従うつもりはないのだ。すくなくとも、世界の大半の国では。

パンデミックのなかでの世界状況が悪化の一途をたどっているということは、国籍に関係なく、常識をもった人間であれば誰しも首肯することだ。しかしバイデンは多くの問題を抱えてしまっている。カーター政権の時の比ではない。しかもその解決のために残された時間は少ない。パンデミックに伴う経済危機は、1929年から1933年にかけての世界恐慌よりもさらに深刻だ。当時の経済危機はその後世界大戦につながるが、アメリカは自らのイデオロギー対立者であるソ連を承認した。しかもそれは民主党大統領であるF.D.ルーズベルト政権下で、1933年11月16日に決断されたのである。

よって、この二つの状況の間に類似点を見出すことは、きわめて自然なことだ。アメリカの大統領が首脳会談に合意したことは、新しい国際関係システムの基礎を築くことになるだろう。なぜなら、1945年にヤルタとポツダムで決められたシステムはすでに機能していないからだ。それはロシアのせいではない。

「新しいヤルタ体制」の考えは、決して新しいものではない。少なくとも10年の歴史がある。しかしその実行のための木が熟したのはようやく今になってからであって、つまり、世界秩序の一極支配が、軍事的にも、経済的にも、政治的にも、立ち行かなくなってしまった今になってからなのだ。コロナウイルスはこのプロセスを媒介したに過ぎない。あとは話し合い、合意するだけだ。近視眼的な政治学者らのいうこととは関係なく、このシナリオへのオルタナティブは存在しない。

ハードパワー

文明の黎明期、古代国家は世界秩序の重要な原則、軍事力の均衡を発見した。その不均衡が高まるにつれて、戦争の危険も高まる。「平和を欲すれば、戦争の準備を」というわけだ。その後、人間の戦闘性が落ち着いてきたなかであっても、国際関係のなかにおいては、抑止力としても、挑発としても、軍事力はその主たる要因であり続けてきた。

その例には枚挙にいとまがない。第二次カラバフ戦争、トルコのキプロス侵攻、イラク侵攻、シリア侵攻、NATOによるリビア空爆、エチオピア・エリトリア戦争。通常戦争に加えて、カラー革命という名のハイブリッド戦争も加わった。

覇権国家であり世界の警察であるアメリカは、平和的に行動しているとは言えない。ユーゴスラビア空爆、アフガニスタン侵攻、イラク侵攻、世界のカラー革命の支援、それらすべては世界秩序の安定化には寄与しなかった。しかしここ7年で、状況はアメリカに対して有利にはならなかった。最も顕著な例は、アメリカ軍のアフガン撤退が始まったことだ。またシリア、リビア、ベネズエラ、ボリビア、さらにベラルーシへの介入も奏功していない。世界の警察としての役割がアメリカにとっては過度の負担であり、アメリカ軍を帰還させるというトランプの判断は気まぐれではない。

ロシア軍の近代化、アメリカ軍を多くの点でしのぐ力になっていることは、アメリカを不安に陥れている。兵士個人レベルの練度と士気の点でもこれは明らかだ。もちろん、ロシアはそれを大々的には誇示していないし、それは正しいことだ。

さらに、中国、イラン、トルコの各国軍隊についても同様だ。中国の強大な経済力、世界最大の兵員数は、中国封じ込め戦略の破綻を意味している。さらに、中国が台湾を併合し、中国の再統一を決断するこという可能性もある。

米国の主要な軍事同盟国であるNATO諸国と日本は、自らの軍事力を誇ることはできない。例外はフランスとトルコであるが、両国ともに、ロシアのC400をあきらめるようにというアメリカの呼びかけを無視し、独自の路線を歩んでいる。

アメリカは急速に軍事予算を増やしており、すでに7400億ドルを超えているが、最新兵器開発の失敗はそれを非効率なものにしている。しかも国内の経済危機を考えれば、これは許されない無駄遣いである。

自国の力で世界をコントロールできなくなったこと、ロシア、中国、イランの台頭は、バイデンをして、ロシアとの軍事的利害を清算する決断をさせるかもしれない。

さらに、ハードパワーのもう一つの側面である経済制裁においても、アメリカは失敗している。対ロシア経済制裁の失敗はあきらかだ。ロシアは石油ガス輸出への依存を低下させ、食糧の輸出国となり、原子力産業、造船を成長させ、民間航空機の生産も復活させた。パンデミックがロシア経済に対して与える影響は、アメリカやEU諸国に比べてはるかに小さい。

一方の中国においては、(アメリカは徐々に欧州諸国を中国との経済戦争に引き込みつつあるが)すでに切り札がなくなっている。中国は工業生産においてすでにアメリカの2.5倍であり、世界の工業生産の25%以上が集まっている。アメリカと欧州の中国からの輸入に対する依存は、中国の欧米投資に対する依存よりも大きいものだ。

ロシアと中国は7月16日、新しい善隣友好協力条約を更新する。バイデンもそれゆえに焦っているのだろうか。

ソフトパワー

欧米諸国のソフトパワー戦略も思わしくない。世界での普遍的なリベラル価値の拡大はすでに破綻をきたしている。欧米諸国内においても、「新しい価値観」は多くの市民から嫌悪されている。各国ごとに独自なものである伝統的な家庭、宗教的・民族的価値観への回帰が起こっている。

アジアとアフリカにおける欧米型民主主義の拡大についても同じことが言える。すでにこの「欧米型民主主義」という言葉そのものが、ダブルスタンダード、少数派のための多数派の犠牲などの手あかにまみれている。

パンデミック、ヨーロッパでの社会的抗議活動、アメリカでの大統領選挙は、西側民主主義の裏側を明るみに出した。西側民主主義は、かつてのヨーロッパ社会の先進的成果物としての地位から一転、大西洋のエリートたちによって利用される兵器へと転落したのだ。

コロナウイルスはこの傾向を加速させた。市民たちの健康を犠牲にするワクチン戦争、多くの国で自然発生的な抗議運動をもたらした、社会を無視した検疫政策などは、反映する西側の社会というイメージを打ち砕いた。

移民問題、多文化主義政策の崩壊、移民の社会的適応、脱工業化に伴う失業率の高まりを加えれば、状況はバラ色ではありえない。

世界における政治的影響力の点で、西側は後退を余儀なくされている。その原因の一つは、自らの見方を他人に押し付け、正論を振りかざすという外交政策にある。それは、いままでバランス感覚に富んでいた中国とロシアでさえも、受け入れられないものだ。アンカレッジでの会合で、おそらく筆者の記憶では初めて、中国側はアメリカに対して、正論のお説教を聞くつもりがないことを明確にした。

アメリカの大統領側近たちはそのような世界の情勢を理解しているはずだ。アメリカでの政策決定は誰が行うのか。バイデン本人なのか、それとも彼の周りの雑多なロビーグループなのか。

6月の露米首脳会合で、答えが分かるだろう。期待するのは、常識、または少なくとも生存本能が勝利し、世界が危ない橋を渡ることがないようにとのことだ。そして首脳が交渉のテーブルにつくことだ。「新しいヤルタ」と呼ばれるかどうか、それは重要ではない。重要なのは、プーチンがこの会合の主役だということだ。そうすれば、人類も一息つくことができるだろう…

By KokusaiSeikatsu

『国際生活』はロシア連邦外務省を発起人とする、国際政治、外交、国家安全保障の問題を取り扱う月刊誌です。創刊号は1922年、『外務人民委員部週報』として出版され、1954年に『国際生活』として、月刊誌として復刊しました。今日、ロシア国内だけでなく、世界各国においても幅広い読者を獲得しています。