オレグ・パラモーノフ ロシア外務省国際関係大学東アジアSCO研究センター上級学術研究員

7月上旬、日本の茂木敏充外務大臣は初めてのバルト諸国歴訪を実施した。今回の歴訪の表向きの理由は、日本が常任理事国を務めていた国際連盟の100周年というものだった。日本の各メディアは今回の歴訪の目的を、国際舞台において増大する中国の影響力の抑止と報じている[1]。結果をみても、それに疑問はないだろう。

日本がEUおよびイギリスを東アジア問題に引き込もうとする動きは、ますます活発化してきている。2021年6月17日、安倍晋三前首相の実弟である岸信夫防衛大臣は、欧州議会安全保障防衛小委員会で演説し、インド太平洋地域における「自らの軍事プレゼンスを明確に増大させること」を欧州連合各国に対して呼びかけた。

この小委員会での演説の機会を得た日本の防衛大臣としては岸大臣が最初となる。岸大臣の演説は、明らかに「反中国的表明」となった。演説の中では、東シナ海および南シナ海における中国の一方的な現状変更の試みに日本が直面していることが指摘され、EUの対外貿易の40パーセントがこの海域を通過していることにも触れられた。

岸防衛大臣は、中国の新しい海洋防衛法が、領海侵犯船舶に対して武器の使用を認めていることを指摘することも忘れなかった。また台湾海峡における情勢緊迫化に伴うリスクにも触れた[2]。つまり、演説は極めて警戒感をあおる役割を十分に果たしたといえる。

 一方、ヨーロッパの議員および官僚たちも岸大臣の主張をおおむね受け入れている。EUの指導的立場にある国々およびイギリスは、インド太平洋問題に「巻き込まれる」ことに反対ではない。奇妙なことに、これはかつての植民地の運命に対する「責任意識」(イギリス、オランダ)によって正当化されるとともに、自らの海外領土の安全に対する懸念(フランス)によっても正当化される。EUの経済的および政治的「エンジン」であるドイツも、フリゲート艦の派遣を計画しており、蚊帳の外ではない。フランスとオランダはすでにインド太平洋地域に対する自らのアプローチを策定済みだ。5月、日本の自衛隊はアメリカ、フランス、オーストラリアとの大規模海上軍事演習を実施した。日本領内でフランス軍部隊が参加したのは初めてのことだ。

イギリスについていえば、インド太平洋への関心は際立っている。空母「クイーン・エリザベス」を旗艦とした攻撃部隊は5月、7カ月の予定でインド太平洋への航海に出発した。アデン湾では日本の海上自衛隊、アメリカ海軍、オランダ海軍との共同演習が予定されていた[3]。また昨年には、「環太平洋パートナーシップに関する包括的で先進的な協定(以下「協定」)」への参加をイギリスが検討しているとの情報が出た。2017年にアメリカが脱退し、「包括的で先進的な協定」という名前が付いたとはいえ、この仕組みは依然と同様にきわめて反中国的な意味合いが強く、その中心的な役割を果たしているのは日本だ。またカナダ、オーストラリア、ニュージーランドというアングロサクソンの顔ぶれも揃う。6月、イギリス政府は加盟交渉をスタートすることを発表。すでに加盟国との事前協議は行われていたとみられる。

協定への参加は、決してブレグジットに伴う経済的その他の損失の穴埋めではない。これはイギリスに対して新しい市場へのアクセスを開くための地政学的戦略であり、中国の経済力が伸長する地域において、自らの影響力を伸ばす可能性として捉えられている。ボリス・ジョンソン首相は、「協定への加盟は、急成長するインド太平洋における前例のない機会をイギリスの経済産業界にもたらすことになるだろう」と指摘する[4]。イギリス政府は自動車、ウィスキー、肉などの輸出品に対する関税引き下げを狙う。

しかし、イギリス政府の期待はすこし高すぎるようだ。というのも、東アジアにおいて協定は結局「包括的なもの」とはならず、国の支援が入った企業の参加阻止条項や商品の原産国開示における厳格な要求事項、その他の制限措置によって、多くの国が協定から尻込みしているからだ。しかしイギリスが参加することで、弾みがつく可能性はある。現在、日本は中国に対する軍事政治的圧力とともに、経済的な封じ込めを重要視している。トランプ政権下でこの方針はアメリカも共有していた。

しかし、バルト諸国はこの話になんの関係があるのだろうか。彼らは海外領土もなければ、かつての植民地もなく、攻撃空母部隊も持っていない。おそらく、バルト諸国の地政学的位置が重要であるとともに、ロジスティックスの観点から見たときに、国際貿易に果たす役割も重要なのだろう。中国は一帯一路戦略も含めて、中欧、東欧におけるインフラ投資を大規模に実施する構えを見せているが、EUによる一定の抵抗に遭っている。特に、EU加盟国も参加する中東欧と中国による「17+1」フォーラムは遅々として進んでいない。このフォーラムのなかで、中国は大規模なインフラ投資への金融支援を計画しており、自由貿易ゾーンの創設も視野に入れていた。しかし、EU主要国およびアメリカの各政府はこの中国の動きのなかに、「自らの利益圏への侵入」を見て取り、迅速に対抗措置をとりはじめた。そしてこのために選ばれたのが、バルト諸国に他ならない。

リトアニアは「17+1」から脱退し、台湾へのワクチン無料供給と代表部の設置の希望を発表した。エストニアとラトヴィアは、他の数カ国とともに、2021年2月の「17+1」サミットへの不参加を表明し、これによりフォーラムの先行き自体が怪しくなった[5]。日本政府がバルト諸国に関心を抱くのもこのためであり、コロナ外交も活発に活用している。2021年5月、エストニア外務省報道部は、治療薬Aviganを日本から最初に受け取ることを発表した[6]。

茂木外務大臣のバルト諸国との交渉議題も全体としては似通ったものであった。

エストニアのエヴァ=マリア・リイメツ外務大臣との会談では、IT分野における両国の協力が話し合われた。茂木外務大臣はインド太平洋地域における協力に関して最近EUが承認した戦略を歓迎した。中国に関しては多くのことが話し合われた。

ラトヴィアのエドガルス・リンケヴィチス外務大臣との会談では、気候変動対策における協力が話し合われ、様々な方向性における定期的な政治対話を構築していくことへの関心が示された。経済的な部分でいえば、丸紅と三井によるラトヴィアのエネルギー部門および運輸部門への投資のほか、バルト諸国、東欧、西欧を結ぶ「Rail Baltica」プロジェクトに対する日本側からの関心が示された。両大臣は、インド太平洋地域における協力に関するEU戦略と、日本の「自由で開かれたインド太平洋」構想とのすり合わせの可能性を模索することで一致している[7]。

リトアニアのガブリエリュス・ランツベルギス外務大臣との会談では、茂木大臣からバルト諸国における中国の経済的プレゼンスが高まっていることについての懸念が示されたほか、「自由で開かれたインド太平洋」における具体的な協力を検討することで合意した。

茂木大臣はバルト三国の外相との会談を終え、バルト諸国が東シナ海における問題を、自らに関係のない問題であると見なしてはいない、と語った[8]。日本側の主な狙いはまさに、自らの反中国的努力のなかで、バルト諸国の支持を取り付けることにあったといえそうだ。


筆者の意見は、編集部の方針とは相容れない場合があります。

[1] https://www.nippon.com/en/news/yjj2021070101142/

[2] https://english.kyodonews.net/news/2021/06/564e1c25f56f-japan-defense-chief-seeks-greater-eu-military-presence-in-asia.html

[3] https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/Indo-Pacific/Japan-to-hold-first-drills-with-UK-aircraft-carrier-off-Africa

[4] https://www.japantimes.co.jp/news/2021/06/22/business/economy-business/uk-tpp/

[5] https://www.gazeta.ru/politics/2021/02/10_a_13474298.shtml?updated

[6] https://ria.ru/20200510/1571242198.html

[7] https://www.baltictimes.com/rinkevics_and_japanese_foreign_minister_praise_eu-japan_cooperation/

[8] https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/20210704_06/

By KokusaiSeikatsu

『国際生活』はロシア連邦外務省を発起人とする、国際政治、外交、国家安全保障の問題を取り扱う月刊誌です。創刊号は1922年、『外務人民委員部週報』として出版され、1954年に『国際生活』として、月刊誌として復刊しました。今日、ロシア国内だけでなく、世界各国においても幅広い読者を獲得しています。