ピョートル・イスカンデロフ
ロシア科学アカデミースラヴ学研究所主任研究員、歴史学博士

欧州連合は、中国およびその貿易経済プロジェクト、投資プロジェクトとのグローバルな対立関係に突入しようとしている。ブリュッセルが主に標的とするのは、北京政府が推進する「一帯一路」だ。EUはそれに対抗して、「グローバルゲートウェイ」なるプロジェクトを立ち上げる。欧州委員会のウルスラ・フォンデルライエン委員長(ドイツ人)は、この新しいプロジェクトによって、欧州連合は全世界の国々とパートナーシップを構築するチャンスを得ることになる、としている。フォンデルライエン委員長は、「モノ・ヒト・サービスを結ぶ質の高いインフラへの投資が必要であり、ヨーロッパにとって、中国の銅山と港の間に理想的な道路を建設することは意味がない」と述べている。またフォンデルライエン委員長は、中国の「一帯一路」は、債務依存を通じて北京政府の戦略的影響力を拡大するために作られたものだと指摘する。[1]

この貿易経済戦争のなかで、EUはアメリカ合衆国の支援をあてにすることができる。というのも、欧州も米国も同じような戦略を持っているからだ。しかしここに疑問も残る。それは、ドナルド・トランプ政権の時とは違って、合衆国の現政権は、中国への軍事政治的圧力をより好んでいるということだ。最近、合衆国、英国、豪州の参加国による同盟関係が発表されたが、これなどはよい例だといえる。その際、オーストラリアへの潜水艦の供給という利益の上がる契約を奪われたフランスからは、厳しい反応が起こった。パリ政府の見方では、合衆国による反中国の行動は、欧米の連帯とNATOの関係に損害をもたらすという。フランスのジャン=イヴ・ル・ドリアン外相は、「フランス大統領の依頼により、NATOは自らのコンセプトの検討を開始した。マドリッドで行われる次のNATOサミットでは、新しい戦略コンセプトが議論されることだろう。今回起こったことが、その内容に影響を与えることは明白だ」と指摘している。[2]

しかし、中国との対立におけるEUにとっての最も困難な問題は、合衆国や英国によるアグレッシブな一方的な行動にあるのではない。現在手許にある資料によれば、新しい「グローバルゲートウェイ」プロジェクトが目指すもの、それは、中国の影響力を排除した新しいルートを作るために、いまある既存の輸送その他のインフラ・システムに代わる代替ルートを作ること、もしくは、既存のプロジェクトから中国の資本を駆逐すること、である。しかし、中国が財政的に有利であり、一帯一路の先行者利益ということを考えれば、そのどちらも実現困難なものに思われる。一帯一路は2013年に習近平国家主席によって発表され、東アジア、中央アジア、南アジア、ヨーロッパ、アフリカの広大な空間における、港湾、沿岸、鉄道、自動車インフラの新設と近代化を目指したのが、その当初の目標であった。このプロジェクトのための下地作りは実は2005年に始まっている。中国との陸路による(シルクロード経済ベルト)または海路による(21世紀の海上シルクロード)リージョナルかつトランス・リージョナルな協力強化の考えが打ち出されたのである。のち、これらのプロジェクトは、一帯一路の主要な要素として引き継がれた。今度は東南アジア、インド洋、ラテンアメリカ、東アフリカ、そしてユーラシアという、さらに広い空間におけるインフラ網の拡大が目指されたのだ。

2015年、張高麗副総理は、一帯一路の推進にあたって、インフラ施設だけを対象とするのではなく、ファイナンスや電気エネルギー、情報コミュニケーション分野、人材協力、科学技術協力、観光、人的交流などでの協力も重視するべきことを提唱した。その結果、中国は物理的なインフラという枠を超えた、幅広いサービス・パッケージを提案することとなり、ほかの国をそれをパッケージとして受けることもできれば、個別のサービスのみを受けることもできるようになった。中華人民共和国商務部のデータによれば、すでに2014年の時点で、中国は50の国々との間で契約を結び、実際の作業を始めている。今日、対象国は60カ国を超えており、EUの勢力圏にある地域が優先されている。特に、バルカン諸国についてみれば、2013年から19年における中国からの投資総額は約300億ドルであり、その3分の1が、EUの加盟国でもあるギリシャ向け、20億ドルについては、これまたEU加盟国であるスロヴェニア向けとなっている。ブリュッセル(およびワシントン)では、一帯一路と戦後の「マーシャルプラン」とを、同じ性格のものとしてみなす向きもあり、しかも、一帯一路はその規模において優っているほか、輸出と直接投資の促進という意味でもより積極的である。ではなにがEUの気に入らないのか。

多くのヨーロッパ諸国では、貿易経済、金融、投資において、中国とはすでに緊密な関係を築いており、中国との関係を断ち切ることはできない。そのような状況のなかで、フォンデルライエン委員長による提案は、EUの加盟国間での分裂を生み出すさらなる要因になるかもしれない。アメリカの経済ニュース通信社のブルームバーグは、多くのEU諸国が「例えばドイツにとっての最大の貿易相手国である中国と積極的に事業を行っている」ことに触れた上で、「敵であるロシアや中国、または友であるアメリカ合衆国やオーストラリア、そのどちらからも真剣に相手をされないことにヨーロッパが怒りを感じていることは理解できる。しかし、無駄にイライラするよりも、正直に、自らを反省し、なぜ相手されないのかの原因を考えるべきだろう」と皮肉めいてはいるが、十分に根拠のあるコメントをしている。[3]

ロシアに関してみれば、一帯一路の重要な参加国の一つであり、2015年に設立されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)では、ロシアは設立当初から、中国とインドに次いで、最大の出資国である。そのため、新しいEUの取組みは、ロシアの国益に対立する可能性もあり、ロシアは単独もしくはパートナーらと協力して、対抗措置をとるための準備をしておく必要があるだろう。


筆者の意見は編集部の意見とは異なる場合があります。

註:

[1] URL: https://lenta.ru/news/2021/09/15/eu_china_competition/

[2] URL: https://www.vedomosti.ru/politics/articles/2021/09/19/887322-frantsiya-posledstviyami

[3] URL: https://www.bloomberg.com/opinion/articles/2021-09-21/-westlessness-is-the-word-if-the-old-established-alliances-fall-apart?srnd=premium-europe

By KokusaiSeikatsu

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