もしトランプが二期目も大統領に選出されていたとしたら、明らかにこれ以上のことが起きていたであろう。米国は欧州製自動車に25%の関税を課すと警告し、欧州はAmazon・Facebook・Googleなど主に米国の巨大テック企業へ影響を与えることを意図した所謂デジタルサービス税の導入によりこれに対抗しようとした[28]。

上記で指摘した米欧経済関係の諸問題を例外なくトランプ政策によるものとするのは必ずしも正しくないように思われる。外交防衛政策評議会のルキヤノフ議長の意見によれば、米国のグローバル・リーダーシップの考え(そのなかでも欧州における米国の軍事的・政治的プレゼンスは最も重要な要素である)は、「危機的状況に陥っており、米国民の間に過去のような共鳴は見られない。ホワイトハウスにトランプのような孤立主義者が出現したことは、こうした機運の変化の産物である・・・(トランプ政権)が重視するのは優位性それ自体ではなく、中国を筆頭とする巨大な競争相手との対立環境下で、米国の国益を実現することである。この立場からすると、欧州との最も重要な関係性を支持する全ての議論は、意味がないとは言わないものの、トランプとその陣営の人々が繰り返し主張するように、条件付きのものとなってしまう。換言すると、欧州(第一にドイツ)は、米国が供する安全保障が、経済的あるいは他の利益によって元がとれていることを証明しなければならない」のである[29]。

それゆえに、バイデンが米国大統領に就任したことで米欧が以前の様な調和した関係性に回帰すると期待するのは誤りである言える。なぜなら、トランプがいなくとも、米国とEUの通商経済関係は深刻な問題を抱えているからである。

トランプが米第45代大統領に就任するよりも前に、大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)に関する米欧間交渉は既に行き詰っていた。バイデンは問題なくこれらの交渉を再開することはできないだろう。欧州評議会は2019年4月の特別決定で、TTIP交渉に関する以前の指示は、「既に効力を失い、もはや現実的ではない」ことを認めた。

同様に、軍事・政治問題も深刻である。冷戦終結後、米国の外交戦略にとって欧州は従来の重要性を失ってしまった。米国の支配層は、同国の国家安全保障上の主要な脅威は欧州にあるのではなく、地球上の他の地域に集中しているとの見方を持つようになったのである。その結果、これまで欧州へ恒常的に配備していた米国の兵力数は着実に削減されていき、1980年代終わりの350,000名の兵力数は、オバマ政権時に52,000名まで減少した。

トランプ政権時代にも、この在欧米軍の削減方針は継承された。2020年7月29日、米国防総省は更なる兵力削減を宣言した。この声明によると、ドイツに駐留する兵及び将校の数を11,900名減らし、6,400名を米国内に、5,600名を主にベルギーやイタリアなど、NATO加盟国である他の西ヨーロッパ諸国に移転するとした。[30]

ペンタゴンによれば、米陸軍第五軍団の一部はポーランドに移転されることになっているが、戦闘部隊に関しては、東欧にローテーション展開するのみとなっている[31]。2018年、米国は東欧に4,500名の兵員で構成された装甲旅団、陸軍航空大隊の一部を配備し、さらにポーランドのミロスラヴェツを拠点に無人偵察機による情報収集を行う70名の軍・文官要員を配備した。これに加えて、バルト海並びに黒海沿岸地域に米海兵隊が配備された[32]が、いずれの戦闘部隊も常駐ではなくローテーションによる展開である。

それと同時に、米国は欧州の同盟国は安全保障の生産者ではなく消費者であると非難している。トランプ大統領は、ストルテンベルクNATO事務総長との共同記者会見において、米国はGDPの4.2%を国防費に費やしている一方で、ドイツの軍事支出はGDPの1%のみに留まる点を咎めている。「私が本件について問題提起しなければならないのは、米国にとって非常に不公平であると考えるからだ。これは我々の納税者にとって極めて不公平な話である。欧州の国々は、10年かけてと言わずすぐにでも国防予算を増やす必要がある。ドイツは裕福な国だ。彼らは2030年までに国防費を増額すると言っている。しかし明日すぐにでも予算を増やしたところで全く問題ないはずだ。現在の状況は、米国にとって不公平以外の何ものでもない」[33]とトランプ大統領は強調している。

この点について、トランプの前任者たちも欧州同盟国に対し、それほど苛烈ではないにせよ同様な意見を主張していた点に留意する必要がある。ポストコロナ時代の欧州の経済状況をどのように見通しても、欧州が防衛費を大幅に増額することは不可能だろう。従い、EUは米国と比肩する経済的ポテンシャルを有しているにも拘わらず、米国がNATO加盟国の総軍事予算の70%以上を負担する状況[34]は継続し、引き続き米国の苛立ちの原因となるであろう。即ち、バイデン政権下においても、軍事・政治分野ならびに貿易・経済分野での欧州との深刻な不協和音は継続することになる。

By KokusaiSeikatsu

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