ロシアとチェコの関係は今、重大な危機に瀕している

アレクサンドル・ズメーエフスキー

駐チェコロシア連邦特命全権大使

(翻訳:福田知代)

2021年6月22日付け、チェコの日刊紙«Haló noviny»に掲載されたインタビュー。http://www.halonoviny.cz/articles/view/55551971

«Haló noviny»:ロシアもその構成主体であったソビエト連邦に、ナチスドイツが宣戦布告なしに攻撃を行い、「バルバロッサ」作戦を開始したあの6月22日から、80年が経過しました。ロシアでは、どのようにしてこの日を振り返っているのでしょうか。記念行事は行われているのでしょうか。

アレクサンドル・ズメーエフスキー:1941年6月22日は、わが国の歴史において、もっとも悲劇的なページのうちの一つです。ロシアにおいてこの日は、1418日の長きに渡って継続し、2700万人以上のソ連市民の命を奪った大祖国戦争の開戦日であり、「記憶と悲しみの日」に制定されています。けれどもまた、この日は、強調しておきますが、殺戮のために戦争を行った卑劣な侵略者から祖国の地を守り抜こうとした異なる民族や信仰を持つすべての人々を団結させた、力強い人民の高揚を象徴する日でもあります。ソ連人にとって、ナチスの侵略者との闘いは、聖なる戦いとしての意味合いを持ちました。この戦争は、文字通り(誇張ではなく)、あらゆる家庭を傷つけ、すべての家族に悲しみをもたらしましたが、のちに、前線から親族が大勝利の帰還を果たしたときに、涙と歓喜に包まれたです。

 この日、我々は、戦場で命を落とした戦没者、ナチスの抑留に苦しめられた人々、飢えと困窮で亡くなっていった人々――自らの命によって我々の自由を守り抜いたすべての人々を追悼します。ロシア全土で記念式典が行われますが、その中でも中心的であるのが、クレムリンの壁際にある無名戦士の墓への献花です。この式典には、伝統的に、大祖国戦争の退役軍人らとともに、国のトップが参列することになっています。

 毎年6月22日には、「記憶のキャンドル」と呼ばれるロシア全土で行われるアクションの枠内で、街中や広場、家の窓に、戦没者を偲ぶキャンドルが灯されます。コロナウイルスのパンデミック下では、オンラインでもこのアクションに参加することが可能です。講演、演奏会、映画上映会といった、文化的、啓蒙的なイベントも行われます。記念式典のプログラムは、ロシアの各地域で準備されます。大祖国戦争開戦80周年を記念する行事は、ロシア国内だけでなく、ロシア国外においても、特に大々的に行われることになると確信しています。

«Haló noviny»:全世界にあるロシア連邦の外交代表部は、80周年に合わせて記念行事を開催していますか。在チェコロシア大使館では、どのような行事が準備されているのでしょうか。

A.ズメーエフスキー:全世界のロシアの在外公館は、毎年、記憶と悲しみの日に合わせた行事を行っており、チェコも例外ではありません。戦勝記念日の祝典催行や、開戦80周年に向けた準備の中で、大使館職員が、チェコ中部にある赤軍兵士の墓地を整備するボランティアを行ったり、チェコ共和国内で暮らしている退役軍人を訪問したりしています。

 ロシアの軍事歴史協会の協力で、ロシア連邦外務省および国防省のアーカイブ資料をもとに、大使館では、この悲劇的な記念日のための写真展を準備しています。これは、広く社会一般にも、我々の情報リソース上の電子版でアクセス可能となっており、ゆくゆくは、チェコのさまざまな都市で「リアルの」展示を行う計画を立てています。

 今年6月18日、大使館内で記念イベントが行われ、その中で、チェコの画家S.セドラチェクからロシア連邦へ、彼の作品「アウシュビッツのマドンナ」および「勝利の行進」の贈呈セレモニーが行われました。これらの作品は、近いうちに、モスクワにある大祖国戦争中央博物館の所蔵品となるでしょう。また、ロシアの作家S.Y.ルイバスの著書『ミュンヘン。ベネシュ大統領の予言』のチェコでの出版準備に参加したチェコ市民に、ロシア外務省からの勲章が贈られました。

 6月22日、プラハのオルシャニ墓地において、毎年欠かさず行われている、赤軍兵士の名誉の墓への花輪の献花が行われました。記念行事は、ブルノやカルロビ・バリのロシア連邦総領事館や、プラハのロシア科学文化センターでも行われます。

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