ユーラシアに伸びる不安定の弧とロシアへの新たな挑戦

ウラジーミル・コロトフ(サンクトペテルブルク国立大学極東諸国歴史学科主任、教授、歴史学博士)

アレクセイ・マスロフロシア科学アカデミー東洋学研究所所長、教授、歴史学博士)

翻訳:青林桂

2020年11月27日から28日にかけて、サンクトペテルブルク国立大学ホーチミン研究所主催の第11回国際科学会議「ユーラシアに伸びる不安定の弧と東アジアから北アフリカに広がる地域安全保障問題:2020年中間報告」がオンライン開催された。

講演では、緊張が高まる国際関係の体系的特徴として、制裁措置政策・貿易戦争・軍事衝突の拡大と長期化が指摘された。

国際秩序の単極構造から多極構造への移行は、痛みを伴いながら進行している。西側諸国が移行の必然性を拒否し、数々の対立的な反応を引き起こしているのだ。

中国は、その経済躍進や、国際的影響力の拡大、世界的・地域的な主導権の強化により、米国一極支配に対する重要な競争相手へと変貌している。

この様な中国の動きを抑制すべく、米国は一連の対策を講じている。その活動の覆域は、中国の企業・個人を対象とする経済制裁から、国家イメージの低下を狙うプロパガンダ活動、国境周辺や中国国内の不安定な情勢煽動まで幅広い。米国の庇護下でアジア版NATOを組織する試みも推進されている(QUAD:日米豪印戦略対話)。

中国にとって最大の痛手は、2019年に国境周辺で度重なる衝突を引き起こした中印国境紛争や、日本・東南アジア諸国との間で紛糾している南シナ海島嶼領有権問題だ。米国は、中国共産党の人権侵害と民主主義の不在を繰り返し非難しながら、新疆ウイグル自治区・チベット・香港情勢の不安定化を図っている。かつて米国は、統制された代理軍を上手く利用し、ロシアにとってセンシティブな問題を最初にアフガニスタンで、次にコーカサスで引き起こした。現在でも、米国は代理戦争という確立された手段の行使を取りやめるつもりなど無い事は明らかだ。

新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、国際情勢を極端に複雑化させた。中国は、厳格な隔離措置を適時に施行した為、2020年上期には困難な状況から即座に脱却する事ができた。他方米国は、ゼロかイチかの経済制裁にのみ執心し、コロナウイルスという生物学的脅威に対処する時間を失ったばかりでなく、世界で最も甚大な犠牲者を出した国としての地位まで獲得した。2020年には中米間でコロナパンデミックの責任追及が論じられたが、様々な分野での両国の争いが激化する中、議論は依然として継続中だ。

米中覇権競争の領域は、デジタル技術、運用システム、次世代通信規格、そしてサイバーセキュリティへと拡大した。米国は、技術やコンポーネントの輸出規制や運用システムの遮断を行い、複数の有名企業幹部を西側で逮捕するなどして、慎重に中国企業の野心を傷つけた。

こうした状況下で中国は、アメリカから強制された対立状態から脱却する道を、広域経済圏の開発という巨大プロジェクトに見出した。この事業の要は、世に広く知られる「一帯一路」構想であり、中国の支援下で構築された陸域経済圏の振興を目指すとされる。陸域における米国の影響力は、海域に比べて著しく弱い。自由貿易区の推進は、米国の自己中心的な保護主義政策のせいで経済力が低下してしまった多くの国々の関心を集めている。 

この様に、東アジア地域の情勢は、軍事・政治・テクノロジー・経済等あらゆる領域において激化する主要国の覇権競争のあり方を反映している。

中国にとって、世界最大の自由貿易圏構築を目指す「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」をASEAN・中国・韓国・日本・オーストラリア・ニュージーランドと締結した事は、国力増強に向けた大きな一歩となった。

勢力均衡という意味において大変重要な東南アジア勢を中国側へ誘い込む事は、中国の国力向上を意味すると同時に、インドの(間接的には米国の)一定の弱体化を意味する。両国は、中国を友好国としては見ておらず、近年インドは米国の影響をあからさまに受けている。

他方米国は、大規模な石油や天然ガスに恵まれた南シナ海における、中国と東南アジア諸国の島嶼領有権問題に積極的に介入している。本来は当事者同士の協議の場で解決し得る問題であるのにも拘わらず、米国は軍事力の行使を含むあらゆる手段を用いてASEAN内部の対立を深刻化させ、紛争をけしかけている。

こうした不安定性は近隣諸国だけでなく、更に遠くの地域にも急速に波及する。2017年、実戦経験を有するISIL1戦闘員が中東から東南アジアへ送られ、政治体制の強度が試される事件がミャンマーとフィリピンで発生したが、両国共にその脆弱性が明らかとなった。同じ頃、ロシアでは、東南アジアの「イスラム教徒大虐殺」に関する国外からの宣伝活動が大規模に繰り広げられていた。人々の死体に囲まれる仏教僧の写真が世に拡散され、偽情報を作り出すのに重要な役割を果たした。このプロパガンダは、間もなくロシアの複数都市で反対デモや仏教徒への襲撃事件を引き起こした。この際、「東南アジアのイスラム教徒大虐殺」を危惧する人々は、ミャンマーでは主に上座部仏教が信仰されている事実ではなく、急進グループ内で拡散されたチベット僧(密教の信者)の写真に注意を向けたのだった。実際には、その写真に写る僧侶たちは、ミャンマーの事件が発生した頃まで数年に渡り、チベットで軍の震災復興活動を支援していただけなのだが。

大西洋から太平洋へ、そして北極海からインド洋へ広がる、北アフリカとユーラシアという重要地域の不安定化に向けた体系的な手法は見え透いたものだ。

ユーラシアの不安定の弧は、西側諸国が植民地時代の醜悪な古い価値観に基づき、先端技術を用いて作り上げられたものだ。植民地主義、植民地政策、そして支配者としての優越感は西側の意識から消えておらず、第二次世界大戦後も無節操な振る舞いを継続している。 

植民地体制が崩壊すると、新たに誕生した独立国家の間には国境が引かれた。それは、かの有名な格言「分割して統治せよ」を要諦とした長期的な対立、慢性的な衝突、そして内戦を引き起こした。

誘発された敵意、情報戦、そして高揚した敵対意識は、不安定の弧が広がる8地域で一体となり、ユーラシア大陸の分断を招く。これが、現代ユーラシアにおける新植民地政策の重要局面の全容だ。

西側諸国の最終的な目標は、第二次世界大戦の結果の見直しと、ロシアや中国を始めとする競争国の地政学的勢力を極端に弱めつつ、他国をいいように利用さえして新たな一極体制の秩序を形成する事にある。

今日の戦略的イニシアチブと国際問題は、大西洋主義者が作り出している。ロシアから遠く離れた地域のみならず、上海協力機構・独立国家共同体・集団安全保障条約に加盟する近隣の友好国をも含むあらゆる地域において意図的な紛争が引き起されている。しかしながら、この事に適時に対処できる余地は他の主要国に残されていない。

グルジアとウクライナで生じた「カラー革命」、ベラルーシの情勢不安定化を狙った所謂「ベラルーシの前線基地」を分断する試み、続くキルギスの政治危機など、これら全ての出来事は、ユーラシア統合の過程にネガティブに作用し、ロシアの経済的・軍事的・人道的な利益を侵害している。

そして遂に、直近のナゴルノ・カラバフ戦争は、国外の軍事力を後ろ盾として紛争を解決する用意と実行性があるという事を事実上証明した。この戦いは、如何にコーカサス地域が一触即発の情勢にあるのか、そして、紛争の平和的解決の為には、如何にロシアが戦略的な先見性とリーダーシップを有する存在であるべきかを如実に示した。 

旧ソ連諸国における汎テュルク主義の機運上昇は、ナゴルノ・カラバフ戦争の長期的な後遺症の一つとなるであろう。トルコは所謂「ソフトパワー」を通じそのイデオロギーを極めて積極的に慫慂している。 

「ソフトパワー」の領域で有利に立ち回る為には、連邦独立国家共同体・在外同胞・国際人道協力庁(ロスサトルードニチェストヴォ)の緊急改革と、各種友好団体およびエフゲニー・プリマコフが設立したロシア商工会議所内の実務協議会の活性化、そして地域間協力の推進が不可欠である。

加えて、分野の垣根を超えて体系的な知見を有する地域研究家の育成に注力せねばならない。

ロシア語は、言うまでもなく多民族社会の言語であり、その普及は必須である。とは言え、我々の東洋のパートナーの言語・文化・習慣に明るい専門家がいなければ、長きに渡り一つの国を共に形成してきた隣人達への理解は限られたものとなり、結果として、高くつく過ちを犯す事態もあり得る。

ロシアは、堅牢な不安定の弧が、今度は我々の国境周辺に直接形成されるのを看過できない。

2020年12月25に実施されたロシア安全保障会議の常任委員との会談で、プーチン大統領はCIS諸国との関係について、「ロシアの外交路線のなかの最重要の方向性のひとつである2」と強調した。 

ロシアの利益に直接的な影響を及ぼすCIS諸国の情勢は、その高い変動性と、故意の不安定化が迅速に進む点を特徴としている。従って、ラヴロフ外相が「科学的外交術」と的確に述べている様な、状況を素早く正確に分析し予測する能力の重要性が急激に高まっている。

コロナパンデミックの経験から、オンライン交流は対面形式に比べて効果は薄いものの、科学教育基盤を構築し、定期的な科学技術・対市民外交活動を実施する上で、非常に重要であることが明らかとなった。

地域情勢の安定化を実現させる為には、経済協力、多数の有効な生産協業チェーンの形成、巨大なユーラシア市場の経済的自給自足の指向、そして、「OPECプラス」を例としたカルテル協定を含む国際経済政策の調整が鍵になる。これらの方向性に向けた働きによって、米国の傍若無人な貿易戦争や制裁から受けるリスクと損失を、大きく削減する事が可能となる。

この点において、ユーラシア経済連合(EAEU)の既存・潜在パートナーとの更なる統合実現は極めて重要だ。加盟国の中でロシアに次ぐ経済国のベトナムが、EAEUと自由貿易協定を締結したのはその好例である。

また、経済・平和協力の質的転換は、サイバーやロジスティクスの分野を含む効果的なインフラ整備が無ければ不可能である。

近代的なインフラ整備事業は、経済成長及び経済協力の重要な推進力であり、この協力関係に関与する国々からの格別の注意が求められる。

インフラ整備プロジェクトは、高額な費用と長期の投資回収期間を要する為、国の融資と流通ネットワークの変化の適切な予測無しには実現できない。即ち、広大なユーラシア大陸の発展は、交通網の利便性を確保し、人や車両が容易に往来できる環境を整備しなければ達成は極めて困難である。

近代的なインフラ整備に向けた協業は、ユーラシア大陸の経済成長の原動力となり、新たな競争優位性を創出するだろう。

例えば、産業協力を基盤とした航空機産業の再建は、治金業から先端技術に至る様々な分野を活性化し、多くの雇用を創出し、欧米技術への依存状態や、ずさんなアフターサービスを取り除くと考えられる。

ソ連時代以降、ロシアは航空産業について高度な知見を有しており、他の旧ソ連諸国にもその遺産が残っている。ユーラシアの面積と人口を踏まえれば、航空機産業の再建事業は、市場規模的に必要不可欠で商業的実現性があると言えよう。 

ロシアの航空機産業における極めて高い競争性を持ってすれば、西側諸国の移ろいやすい政治的状態から独立し、安定性と信頼性の高い航空ネットワークの整備を牽引していく事ができる。

国際的な産業・経済協力はこの大規模事業に向けた投資の早期回収を支えるであろう。但し、国の参画無くしてその実現は不可能だ。

従って、この大変野心的な目標達成の為に、国民福祉基金の利用を検討するのは妥当と思われる。ロシアとユーラシアの間に、頑強で独立した、費用対効果のある航空ネットワークを整備する事は、基金の目的に最大限合致するだろう。

以上の様に、ユーラシア大陸に山積する課題は非常に広範で、軍事・政治的な領域から経済的・人道的な領域にまで及ぶ。急速に変化する環境下で意思決定を行う為には、目の前の状況を絶えず複合的な視点で分析し、今後の動きを最大限的確に予測する事が不可欠である。

これを至上命令として、ロシア科学アカデミー東洋学研究所並びにサンクトペテルブルク国立大学ホーチミン研究所は、国際科学会議「ユーラシアに伸びる不安定の弧と東アジアから北アフリカにまたがる地域安全保障問題」を共同開催し、参加者の輪を広げると共に経済的分野の議論を推進する事に合意した。

この会議が有する実務的な側面は、先端技術を用いて引き起こされるユーラシアの分裂と新たな植民地化の阻止を目指し、上海協力機構・集団安全保障条約・独立国家共同体・ユーラシア経済連合等の権威ある国際機関を支援することとなるだろう。

ユーラシアの不安定の弧から発展する課題と脅威への対応における集団安全保障条約機構のモデル法整備の役割

上海協力機構とユーラシア安全保障の課題

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1ISIL – ロシア連邦で禁止組織とされているテロリスト集団

2Путин уверен, что направление СНГ – самое важное на внешнеполитическом треке России. Президент России обсуждает с постоянными членами Совета безопасности РФ ситуацию в странах СНГ // URL: https://tass.ru/politika/10355853 (アクセス日: 2021年12月1日)