トルクメニスタンの国家としての柱―独立と中立

バティル・ニヤズリエフ

駐ロシア・トルクメニスタン特命全権大使

(翻訳:中村有紗)

9月27日、トルクメニスタンの人々は、独立30周年という近代史における重要な出来事を、広くそして厳粛に迎えました。これについてトルクメニスタンのグルバングリー・ベルディムハメドフ大統領は、独立は国家全体の発展の基礎であり、国の社会政治的、経済的、精神的生活の根本的な変化へのカウントダウンが始まったと述べました。

もちろん、30年というのは歴史的には長い期間ではありませんが、この記念日について言えば、少なくとも過去数世紀にわたる我が国の発展の弁証法の中で考えなければなりませんし、トルクメン人は特定の文化的、歴史的規範、伝統、世界観の担い手でもあります。


トルクメン人は、基本的に国民国家です。中世初期から数世紀にわたり、中央アジア、南アジア、中近東における数多くの国家体制の構築と成功裏の発展に直接関与してきました。数多くの資料がそれを証明しています。その後、様々な理由でトルクメニスタンは独立して発展することができませんでしたが、国家としての本能は保たれています。1991年、トルクメンの人々は主権的発展の道に戻りました。人々は再び内部起点を見つけ、自分たちの国家としての条件の中で自分たちの存在の意味と歴史的展望を見たのです。

これは、トルクメン人のその後の人生全体を決定づける主な要因であり、社会政治構造のモデルの選択、社会経済政策、外交政策などでした。トルクメニスタンは国家として、自分たちの運命と将来の世代の運命と展望に責任を感じていました。この責任ある状態は、国家建設のさまざまな分野で体現してきたトルクメン人の最良の特徴である、勤勉さ、尊厳、ヒューマニズム、愛国心、祖先の記憶の尊重、寛容さ、助け合いの精神を露わにしていました。

これらのおかげで、トルクメニスタンは独立後初期の最も困難な時期を波乱なく過ごすことができただけでなく、社会経済成長の持続可能な指標へと迅速に移行し、産業、農業、科学技術分野の発展を加速させる基盤を築くことができました。

独立後、経済を近代化し、新しい交通インフラを整備し、トルクメニスタンを工業的に発展した国に変え、世界経済圏に統合するための大規模なプログラムが実施されてきました。

国の発展モデルの特徴は、国が強力な社会政策を行っていることです。国家予算の70%以上が社会的ニーズに割り当てられており、都市、村、集落の住民の生活水準や生活の質を向上させています。近代的なインフラを備えた新しい住宅、学校や幼稚園、医療施設、観光施設などが大規模に建設されています。全体で380億ドル以上が建設業界に投資されています。賃金、年金、手当、助成金は、毎年10%ずつ増加します。

経済の戦略的セクターである燃料・エネルギー複合体は完全に改革されました。トルクメニスタンから中国、イランへのガスパイプラインが整備されたのです。トルクメニスタン・アフガニスタン・パキスタン・インドのガスパイプラインの建設も本格化しています。トルクメニスタンは現在、エネルギー資源に加えて、モーターオイルなどの燃料や潤滑油、そして電気を国際市場に供給しています。

この国は、世界市場で成功を収める強力な繊維産業を確立しています。食糧安全保障を実現しました。今日、私たちは自分たちで小麦を栽培するだけでなく、その加工品である小麦粉やベーカリー製品を国民に提供しています。また、独立後の数年間で、トルクメニスタンは食料穀物の輸出国になることができました。

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